観察者としての俺

昨夜は疲れて早く寝たから今朝は暗いうちから目覚めた、、、例によって愚にもつかない夢で目覚めたんだが、少し嬉しいコトは微かな記憶の中で夢を見ている自分を「これは夢だな」と冷静に観察している自分が感じられた事だ、、、少し俺も進歩したかも、、、

このところずっと自分の心を観察してる、、、実際気をつけて観察してると実に「心」というヤツは勝手に動き回るモンだなあ、、、つくづく呆れるよ、、、そして実にロクでもないコトに拘泥してるモンだなあ、、、いやロクでもないコトと言うのは正しくないな、、、胸の奥底に仕舞ってあるいくつかの過去の卑劣な行いの記憶、、、そういうとても口には出せない苦い記憶が浮かんできてしょうがないんだ、、、それはこれまでの人生でもしょっ中起きてきた現象なんだが、最近まで俺はそういう想いが浮かんでくると「今更悔やんでもどうしようもない」と思って他の事に気持ちを切り替えてきたんだ、、、

でも心の動きを判断せずにただ静かに観察するという、、、ナントいうかコツみたいなものを会得してからは随分楽になった、、、師父と出会って「現象としての自分とは遠い過去世から食べるという行為によって集めてきた食べ物という未熟な意識の集合体だ。真の自分とは未熟な意識の集合体である仮の自分を観察し教え導く存在だ」という教えが26年かかってやっと少し解ってきたという感じなんだよ、、、

だから支離滅裂、脈略も秩序もなく騒ぎ廻る仮の自分を眺めても「しょうがないなあ」と、不良息子を眺める親父のような気分になれるんだ、、、それに過去の記憶に苛まれる仮の自分も自業自得で悪戯が過ぎた悪ガキが体罰を喰らうようなモンでそう悪くもないと思うんだよユウジ、、、

話は飛ぶが、先日見つけた霊水は貊水と呼んでも良い凄い水だと確信したよ、、、師父と出会って20数年、機会ある毎に水を求めて探し回った、、、貊水と名付けたのは福井県越前海岸近くの山中に湧き出る水とスコットランドの泥炭層の伏流水と北海道の鉱泉水の3つだったが、このナロガの水はそのどれにも負けないイヤそれ以上の名水だと確信したよ、、、

水は何より大切な資源だからなあ、、、師父は「歴史上、聖者と賢者と敬われる人々よりも醤油や味噌を発明した無名の方がより人々を助けてきた」と仰って「何よりも大切なのは水だ。だから真の霊水を見つけて人々特に子供たちに飲ませるのは何より大きな徳積みになるよ」と仰ったんだよ、、、それで俺は師父が見つけた越前海岸の岸壁から湧き出す貊水を道脇まで導水する為、太い孟宗竹の節を抜いて、それで水道パイプの代わりにして岸壁伝いに導水したんだ、、、

この作業は命懸けでね、、、岸壁にへばり付いて岩肌に鉄杭を打ち込み、竹筒を縛り付けて繋いでいく作業なんだが、、、孟宗竹は重いからとても独りではできない、、、それで『ich-i』に手伝って貰って彼女が途中で支えている間に俺が上で固定したわけだが、重いから『ich-i』ではずっと支えきれなくてややもすると竹もろとも滑り落ちそうになる、、、それで俺が大声で叱咤するもんだから『ich-i』は泣き出してしまってなあ、、、ナロガの水源はアレから比べれば随分作業し易い場所だ、、、歳に応じて天は楽な場所を与えて下さったのかなあハハハ、、、でもこの水の真価は誰も気付かなかった、、、俺と師父の御家族だけが運び下ろしては飲んだんだが、、、その後この土地の所有者が福井刑務所の移転地に売り込もうとしたらある日崖崩れが起きて消滅してしまった、、、そして所有者一家も不幸続きで哀れな結果になったんだが、まあその因果関係に気づいた人はいないだろうなあ、、、

柔らかくて深い霧に包まれた霊地だもの、こんな名水が湧き出るのも合点がいくなあ!水を頂くのも心引き締めて臨まないとなあユウジ。