屋根の石板を打ち付けていくには石板に釘穴を開けていく必要がある、、、資材屋のオヤジは「石槌で叩いて開ければ良い」と云うのでやってみたが、開くことは開くんだが、穴の周りにヒビが入ってどうもウマクナイ、、、それで硬質ドリル刃をアマゾンで注文した。
明日届くので、既に開けてしまった石板だけ貼っていこうと屋根に登ったが、今日はまだ雪が残っていて危ない、、、石切りの作業はいくらでもあるんだが、なにしろホコリが凄くていくらマスクをしていてもあの作業を1ヶ月もやったらコロナウィルスにやられる前に粉塵でやられちゃうと思って、この作業も扇風機が届くまでお預けだ、、、もうやる事が無いから今日はブログ書くワ!

さて、前項で書き掛けた人々の交流禁止状態とネットでの自由な情報交換だけど、この状態は人間の意識と肉体の関係とよく似ていると思わないかユウジ。
前にも話したが、人間の意識は肉体がどんな拘束状態にあっても自由に動き回る、、、俺は最近しきりにその事を想うんだユウジ、、、肉体に宿って時間と空間という制約の世界で蠢いている我々は、ハナからここの状態が当たり前の状態だと思い込んでいて、時間と空間という制約世界を唯一無二の世界と信じているが、、、俺はそれがどうも「トンデモナイ思い込み」じゃないかと思うんだよ。
話が飛ぶが般若心経の中に「照見五蘊皆空度一切苦厄」という節がある、、、般若心経については学者や小説家がたくさん解説本を書いているが、どれも心底納得できるモノは無かった、、、俺が読んだ中で唯一真相に迫っていると思ったのは「マンガで読む般若心経」というマンガの小本で、ナントいう漫画家だったか忘れたがその人が力説していたのは「重要なのは最後のマントラで、これを息が続く限り長く細く伸ばして発声する事で、それによって無の境地に近づくことだ」と書いてあってね、、、俺はそれを読んで何となく納得したんだよ、、、話がドンドン飛ぶが、俺はナロガに移住してから自分の心の動きを観察して、それが時間と空間に制約されない事に気づいた、、、それでほとんどの悩みというか苦悩というものは、制約される肉体と制約されない意識の決定的な乖離にあると確信したんだ、、、
この「照見五蘊皆空度一切苦厄」という言葉を俺流に言い換えるなら「人間意識が幻想だと思い知れば一切の苦悩から脱せる」という事になるんだが、俺は現に意識で足掻いてる人々にいくらそう説いても通じないと想うんだよユウジ、、、それよりココはもっと現実的というか科学的というか理詰めで説明したら良いと思うんだ、、、ユウジ、あきらかに意識は時間と空間の制約を超えた存在だよ、、、一方肉体はこの世界の産物だ、、、これくらいのコトは少しモノを考える人間ならすぐ納得できる話じゃないかいユウジ、、、俺は今度のコロナ騒動で、人々の中に「存在の意味」を考える人が増えたら良いなあと想うんだよ。
このナロガはそのような人々が集まる場所だ。

屋根














