ユウジ、俺は暴風の中のテントで身動きできない状況で、何も出来ないからイグアナについて真面目に考えてみた。もとい、イグアナに限らず爬虫類全般について考えてみた。もとい、爬虫類全般に象徴される無感情的人間について考えてみた。
近年ペット愛好家の間で爬虫類を飼う人々が増えているらしい。いくら愛情をかけても反応しない蛇やトカゲをどうして愛玩できるのか、、、一般人は不思議がるが、それは相手が無感情だから返って安心するからだと、俺はそう考察する。世界的に犬や猫を飼う人々が急激に増えているのは、人間同士の絆が薄れて、その寂しさを紛らわせる為である事は明白でだが、反面、ペットに愛情を示されると一々それに応えることが煩わしくなる人もいるだろう、、、無反応、無感情の爬虫類相手なら、可愛がろうが放って置こうが好きにできるから飼う方は気楽だわなあ、、、まあ利己主義の究極は爬虫類愛玩に行き着くんじゃないか、、、俺はそれが蛇やトカゲのペットが増える理由じゃないかと思うのだ。
ところで時々爬虫類的な眼を持つ人間に出くわすことがある。俗に「冷血動物のような冷たい眼」と表現するが、冷たいとは「愛がない」というよりも「無感情」の状態が目に現れると表現する方が適切だろう。何故ならある人にとっては冷たい眼を向ける人でも家族には打って変わって暖かい眼を注ぐ場合もあるからだ。
無感情とは、対象物に関心を持てない状態だな、、、人と接していてもまるで路傍の石を眺めるような心理状態だ。
俺は30年前にそういう大勢の人間と共に起居する体験をしたので(つまり長い懲役生活で)、自然と人間がそういう状況になぜ陥るかを考えるようになった。最近そのような状況を再体験して、長い間の疑問にひとつの解答を得たのでこれを書いている。
それはひと言で云えば「好奇心の欠如」なんだ。好奇心は前にも話したように「他を見て自分を知ろうとする心」なんだがそれが退化してしまうんだな、、、どんな人間でも大抵は赤ん坊から幼児期にかけては旺盛な好奇心を示すものだから、他の事象に無関心になるのはそれ以降の何か、もしくは幼児期の環境が影響している事は確かだよ。
それで主たる原因が味覚にあると気づいたのだ。総じて「無関心病者」は、味覚障害の傾向が強いのだ、、、特徴としては、一定の食べ物、それも化学調味料で強く味付けされたモノを好む、、、これは多分育った環境や、その人の持って生まれた資質にも影響されると思うんだが、究極のところ、それも自分で選んだ道と云えるのかもしれないなあ。
何故本然の道とは正反対の道を選ぶのか、、、不思議に思うかも知れないが、実際のところ、その人間の本性(真の自分)はもちろん仮の自分を良く知っているから、できないと判っている事はさせないのだ、、、つまり本然の世界を目指すだけの力が無い状態、、、言い直すなら徳が足りない場合、なんとか存在を続けられる状況(味覚障害)を引き起こすのだと思うんだ。奇妙な論理に思うかも知れないが、「味覚障害」→「無感情」→「無苦痛」という連鎖が起きるんだよ。
そうなるとまず苦痛は半減する。社会性(人間同士や周囲の環境と調和しながら存在を維持しようとする傾向)も当然薄れていくから、心配事も段々少なくなって、最後に残るのは動物的食欲だが、それも味が判らないから「まあエサがあれば良い」という状態になるんだなあ、、、極端な話し、雨が降ろうが槍が降ろうが、自分が安全な洞穴に居るなら周囲の状況がどうであれ一切関心が無くなるのだ。
「一体そんな人間がいるの?」と、一般家庭の主婦連はそう云うかもなあ、、、でもユウジ、その傾向は今、全世界の人類に大きく蔓延(ハビコ)っているよ!それが証拠に、世界中で8億以上の人々が飢餓状態にありながら、全世界の生産される食品の3分の1が廃棄されている事実、少し知性のある人なら誰でも知っている現実だが、実際に何かこれに対して行動する人はほとんどいないじゃないか、、、つまり多かれ少なかれ、人類は総じて「無感情病者」、、、言い換えれば「味覚障害病者」なんだよ。特に食通を自称する連中は味覚障害の重症者じゃないかなあ。
俺はその辺の気づきを得る場所として、このナロガがそうなればなあ〜と思ってるんだ。3日前の暴風の中、ピラールお婆さんがジャガイモの30キロ袋を肩に担いで持って来てくれたんだ。電気を使わして貰ってるんで、俺が暴風来る前にお礼の犬の餌を一袋届けたんだが、そのお礼だ。
ここ数日料理するスキもなく、腹が空くとカマドの灰に埋めてあるジャガイモ(直接火に当てないで、灰の中に深く埋めておくと一日中いつでも食べられるよ。)を戴いていたんだが、猛然とバタつくテントの中で、この焼きジャガイモを頬張ると本当に美味しくてなあ、、、料理は心だよユウジ、、、多分こんなに美味しいモノ食べてるのはそう多くないと思うよ。
でも奇妙な事に味覚障害者にとっては、このジャガイモを受け付けないのだ、、、硬くなったスーパーのパンとケチャップやマヨネーズが良いんだ、、、もし彼が一瞬で眼が開き、美味しくジャガイモを戴けたとして、、、彼は同時に自分の置かれた世界と今の自分を見つめる事にもなるわけだ、、、ユウジ、どうだろう、彼はそのショックと苦痛に耐えられるだろうか、、、俺は無理だと思うんだ、、、多分しのギャップで自己破壊してしまうだろう、、、だから今の状況(つまり無感情状態)が起こっている、、、そう俺は考察するんだよ。
ユウジ、この話はなにも社会からの脱落者に限った話じゃないぞ、トランプ大統領と安倍首相を見てごらん。彼らの言動を見ればある意味民主主義が正確に機能している事がよく解るよ、、、民主主義が民衆の総意を汲み取る仕掛けという意味でな、、、確かに大多数の民衆は景気の上昇を望んでいる、、、景気の上昇→収入の増加→消費の拡大→水と空気の汚染、、、となるのだが、民衆は阿呆だから自分の首を締める結果までは考えないで、短期的に自分の欲望を叶えてくれそうな政治家を選ぶのだ。
そのような味覚障害は知識層にも顕著に現れている。一部の学者やジャーナリストの中にはそれに気づいて警鐘を鳴らす人もいるが、警鐘を鳴らすだけで根本的な解決策を示せていない。不思議な話じゃないかユウジ、、、世界がこうなってるのは何が原因だと思う、、、原因は明白だよ、、、その原因は人々の「所有観念」だよ。何かが「自分のモノ」だという思い込みだな、、、それが「自分の金」「自分の家族」「自分の街」「自分の国」と拡大していって、あらゆる紛争を巻き起こしているんだ。
だから今国連で、政府で、いや何よりも自分の中で、「自分、自分と云ってるが、俺は自分というモノを知っているのかなあ?」と、考えてみるべきじゃないか、、、金や土地を命懸けで奪い合ったとして、人は誰しも所有状態を続ける事は出来ない。必ず死ぬからね。こんな事は今更云うまでもない事だが70歳を過ぎてなお、それをほとんどの人が思考しない、あるいは思考出来ない状況を、ユウジ、不思議だと思わないか、、、ユウジ、人類はイグアナ化してるぞ!感情も持たない蛇やトカゲでもエサだけは死に物狂いで奪い合うからな。
もうひとつ人が考えるべき事がある。それは「自分という意識の死後」だ。俗に死後の魂といわれる存在だな。俺は科学がこの問題を真剣に研究すべきだと思うんだが、死後も意識が存続すると判ったら人類の生き方は激変するだろうな。科学は物資と人間意識が感応し合うというところまでは踏み込んだようだから、この分野の研究が今後の人類の命運を握っているように思うなあ。
意識の存続と云っても宗教はダメだぞ、、、宗教は人を無思考にするからなあ!これも破戒坊主の独り言!