失敗失敗!

失敗したよユウジ!

今日は天気も良くて、外で梁の上に建てる支柱とその上に渡す棟木を作り始めたんだ。

張り付いている松皮を剥がす為、小さい木槌を使ってたんだが、握りの部分が太すぎて使いにくいので、卓上丸ノコで削ぎ落としてた、、、うっかりしてなあ、、、右手人差し指を回転刃に当ててしまった!

ちょっと傷が深くてね、、、第一関節から先の肉の半分が飛んでしまい、骨も半分削れてしまった、、、すぐモグサで包んで固くテープを巻いたので出血は止まったが、回復の過程で肉が骨を包んでくれるかどうかは分からない。

Iに知らせたら心配して「すぐ病院へ行け」と云うんだが、こういう怪我で病院へ行くとどんな治療するかはよく知ってる。

スパッと切断された指や脚なら、骨や肉を繋ぎ合わせて縫合し、鎮痛剤と抗生物質を処方する、、、しかし丸ノコやチェーンソーの傷は皮膚や肉がグチャグチャになってるし、この場合は指先なので、第一関節で骨を切断し少し残っている肉で包み込むように縫合するだろう。

しかしなあユウジ、俺はこのまま自然治癒させてみようと思うんだ、、、自然治癒って云うが、、、そもそも怪我だって病気だって、どんな治療をしたところで、治すのは自然治癒力だからなあ、、、俺はこれまで何度も怪我をしてきたが、傷が治る過程を振り返ってみると、身体というか、活力というか、それが働いて治っていく事はハッキリしている。

骨の再生力は想像以上に凄くてね、俺の両手の指を7本複雑骨折した事があるが、1ヶ月で再生した経験がある、、、だから半分削れて残っている人差し指の骨も表面に膜さえ張れば再生する可能性があると思うんだよ。

グチャグチャ状態で放っておくのは無茶だと云われるかも知れんが、利き手の人差し指の先が無くなると、かなり不便だし、こっちの病院へ行ったら言葉も通じないから、、、その間のやりとりを想像しただけでウンザリだからなあ、、、ハハハ

まあ傷が治っても骨が突き出ていて不便だったら、帰国した折にでも手術すれば良いしな、、、こっちだと保険が無くてヘタな手術で高い治療費取られる恐れも、、、残高不足で骨切ったところでストップなんかされたら目も当てられんからなあハハハ!

この件を書くとユウジたちが心配するとは思ったが、毎日をありのまま書くのがこのブログの本義だから、そのまま書くわ、、、

丸ノコやチェーンソーが危険な事はよく承知していて、今日も厚手の皮手袋をはめて作業していたんだ、、、それで何故意識が回転している刃から離れたか思い返してみた。

俺は一昨年の4月に此処へ来て、その直後に、過去20数年、全てを捧げたと思ってやってきた俺の歩みを全否定するメールを受け取った、、、正直言って「この恩知らず共め!」と、燃え上がる怒りのやり場が無い苦しみを味わったよ、、、時間と共に怒りも静まってきた頃、もうひとつの試練がやって来た。

それはレナリとの別れだ、、、余生をレナリの養育にかけて行こう、、、このナロガをレナリに残せる聖地にしよう、、、そう考えて気をとりなおして建設に励み出した矢先だった。

この2つの試練を受け続けた1年間、繰り返し襲ってくる怒りや哀しみに翻弄されていたんだ、、、でもそうやって苦しむ内に、苦しむ元凶は自分の意識世界にあるという事が解って来た、、、まあこの事は既に何度もブログにも書いたわけだが、、、偉そうに書き記しながら俺はそれを頭で知るだけで実際には会得してないわけだ、、、何度も何度も思い知らされてる、、、

何故それが判るかと言うと、頭で判って波立つ心を抑えていても、どうしても怒りや哀しみが浮かび上がってきて、それに心が囚われた時、必ず事故や災難に見舞われるんだよユウジ、、、まるで孫悟空の金輪のように、心が邪な方に走ると天罰が下るわけだ!

俺には3人の息子がいて、もう全員独立した社会人だ、、、聖堂に屋根をかける段になって資金が無くなり少し応援するよう連絡したんだが断ってきた、、、俺が困って頼んだら当然100万や200万はすぐ用立てするものと思っていたので凄く腹が立ってね、、、ハハハ、、、考えてみれば俺が何を想ってこの地に来て何を目的に聖堂を建てているのか、、、彼らは知らないし知ろうとも思わないだろう、、、つまり意思疎通が全く出来ていないわけだ、、、だから一方的に俺が腹立ててもしょうがないわけなんだが、、、そう想い直して腹立ちを納めていたんだ、、、それで資金不足でも建設を進めるために、材木購入は諦めて、地境の山から松を切って運び出し、それをツギハギして作業を継続していた。

ところが植林してそれなりに手入れされた木じゃないから曲がっていて非常に加工が難しい、、、まず細かい部分まで皮を剥ぐだけでも凄く手間がかかる、、、そしたら「あの息子共、俺が金ある間はハイハイ言ってて、、、元が取れそうもないと掌返しか!」と俺と息子との関係に今更ながら虚脱感を覚えてね、、、フッと気が逸れた瞬間、手を回転刃の上に置いてしまったんだよユウジ!ハハハ判り易いだろ、、、まず今のような心境でこの聖堂を建てる事は許されない事だけは確かだな、、、

さっき御神木と相談したんだ「聖堂を建て続けて良いのか」とね

「怒りも哀しみも幻想だと肝に銘じるから再チャレンジさせてくれ」とね、、、

ユウジ、御神木(本然の俺)が了解するなら、人差し指に皮が張る筈だ、、、それを信じてモグサで包んで治してみるよ、、、だから安心してくれ、、、爪も指先も飛んでしまっても指先が使えるようになるかどうか、、、これも興味深いだろ、、、少なくとも1ヶ月ほどブログのネタには困らないなハハハ!

掛矢

朝から晴天、、、風も10日ぶりに静まって、さて梁と壁の接合部をセメントと石で固めようと張り切って外に出たが、掛矢(木槌)が割れいるのに気づいた、、、もう1年以上石を叩いてきたからなあ、、、掛矢は必需品だから再製作することにした。

廃材の硬そうな部分を四角に切り取り、穴を開け柄を打ち込む

割れないように周囲を鉄線で巻いて出来上がり。

ところでユウジ、たぶん日本ではニュースにならないと思うが、アメリカの財界代表(日本の日経連会長みたいな人)が、「これからの企業は株主至上主義から脱却しなければならない」と発言したらしい、、、つまり儲け主義一辺倒だと暴動が起きて自分たちがヤバイと感じ始めたんだろうなあ、、、俺が常々言ってるように資本主義経済はもう格差が極限まで来ちゃって、貧困層が暴動しそうなんだな、、、トランプは日本と韓国に防衛費の負担をこれまでの5倍払えと言ってるが、両国ともそんなに払えないと分かっていて無理難題を吹っかけるのは、駐留軍を引き揚げるつもりだと思う、、、文大統領は南北統一を推し進めるつもりだから、コリャア日本は北朝鮮の核に脅されてしっかり賠償金を取られるなあ、、、どうせ取られるなら先回りして、天皇が正式謝罪して、脅されてからじゃなく、和解して統一資金を提供すれば、中国、統一朝鮮と組んでアジア圏の希望ある国造りができると思うが、、、まだ誰もこの構想を言い出す人がいないのはどうしてかなあ?

勿論今の安倍では話にならんが、立憲の枝野も頭固いからなあ、、、ホント掛矢で1発叩いてやりたい、、、やはり太郎さんに頑張ってもらわないと!

梁と柱据え付け完了

梁の据え付け完了したよ!

壁と壁の間隔は6、8メートルだから、中心は壁から3、4メートル地点だ、、、南側(写真左側に)壁から2メートル部分に柱を建てたから中心から左に1、3メートルで梁を支えてる、、、北側には柱が無いが、幹が45センチくらいあるからかなり荷重がかかっても大丈夫と思う、、、梁にバケットをかけて荷重をかけてみたが、3トンのユンボが浮き上がっても梁に撓みは見られなかったからたぶん大丈夫と思うハハハ。

 

今日も強風

どうやら去年と同じ風の季節に入ったようだなあ、、、ここずっと強風が吹いている。

聖堂の内側で梁と柱を組み立てて、ユンボで吊り上げて固定したが、壁の内寸が6、8メートルで、両側の壁に梁を50センチづつ食い込ませるから、梁の長さ7、8メートルだ、、、吊り上げるとユラユラ揺れるから壁に触れないようにするのがヒヤヒヤでね、、、手綱を二本付けて少し上げてはいろんな方向に引っ張って、また少し上げて、、、といった具合で、今日も一本しか据えられなかった、、、

聖堂は西の大アーチと東の小アーチが開いてるから、無風ではないが、それでも南西から吹き付ける強風はほとんど当たらない、、、「3匹の子豚」じゃないが嵐が来るとやはり石造りの家は良いな!

独り建前 3

まだ風が強い、、、気温はそれほど低くないのだが、風に当たり続けると体温が下がってしまうので、工作する柱材と梁材を聖堂の中に運び入れた。

ドリルと鑿でホゾ穴を開ける

雨が降り始めたので、台所の入ってLEOの餌作り

タラムンディ の肉屋が屑肉をタダでくれるので、それを茹でてミキサーかけて、潮麦のお粥と混ぜながら煮込む、、、成長期だから物凄く食べる、、、丼3杯くらい与えてもアッと言う間に平らげてまだ物欲しげだ!

犬用餌は大袋が千円くらいだが、10日くらいで食べ切ってしまうから、節約の為にこれを作ってる、、、。

ところでユウジ、安富教授の経済学の部分だが、さっき読み返してみたら、あれでは俺が何に感心したか解らないと思ったのでちょっと書き足すよ。

安富教授が経済を研究し始めた動機は、「人間の社会活動(つまり経済)が今のように世の中を作り上げたのだから、経済を研究すれば人間が解るかも知れないと思った」と言うんだよユウジ、、、凄いと思わないか、、、経済学者はいっぱいいるが、人間研究を動機として経済を研究する学者は安富さんの他に俺は知らない。

学問の目的はすべからく「存在の意味」を追求するものでなければ意味がないと思うんだよユウジ、、、そもそも人間そのものの生きる目的もそうなんだからなあユウジ。

世界の国々はどの国も財政赤字で、このまま行くと破綻する破綻すると騒いでいるが、一体世界中の国々とはつまり人類と言う事だから、、、人類が創り出した金という概念で人類が貸し借りしているうちに、人類が破綻する、、、ちょっと冷静に考えてみればオカシイと思わないかユウジ、、、全ての国々が借金に喘いでいるって、、、じゃあ世界中に膨大な金を貸して破綻するまで取り立てようとしているのは何処の誰なんだユウジ?

天空のナロガから眺めているとなかなか面白いパロディだよ。

 

資本主義経済の根本的誤謬

今日も強風でね、、、時々雨が吹き付けてくるのでやはり高所作業は無理だ、、、それでネット使い放題の恩恵で、朝から経済に関する諸説を視聴している。

財政拡大派と財政緊縮派の主張を偏り無しに勉強してみたんだが、学者知識人の主張は両派とも「観念」に毒されていると感じた、、、それで最後に「やすとみ歩教授の経済論」が出ていてそれを見た。

すると彼(彼女?)は面白い事を言っていて、、、「私は経済学者でもあるが経済学学者ではないから他の経済学学者の方々とは一緒にしないで欲しい」と言うんだよ、、、その真意は、安富教授は「経済とは何か」を研究しているのに対し、世の経済学者は「経済学を研究している」という意味のようだ、、、俺はこれを聴いて嬉しくなってね、、、つまりほとんどの学者知識人は「学問という観念」に囚われていて、研究する事自体が目的になってしまい、そもそも何の為に研究するのかとい目的を忘れていると云う事なんだ、、、だから論理構成に夢中になって自分でもワケがわからない論理のジャングルでもがいているんだな。

それで安富教授は「経済は幻想だ」と云う、、、そしてあえて経済を定義するなら「ここにイモを生産する農家があって、そこにイモが山積みされているだけでは経済とは言えない、、、このイモ農家が米農家の米、あるいは漁師の魚とイモを交換すると始めて経済という事態が発生する、、、もっと云うなら、イモや米を人が食べて、それで身体を動かしウンコにして排泄するという循環も経済現象と言える、、、つまり全ての物質が循環しながら存在を維持する現象が本来の経済である」と解説された。

俺はこれを聴いて、「ああこの人は観念に囚われていないなあ」と嬉しくなったんだよユウジ

それで俺が思いついた【みゃくそんシステム】が、やはり今のどんな経済政策よりも上策だと自信を深めたんだ、、、乞食坊主の経済論など誰も本気で耳を傾けないだろうが、俺はそれでも全然構わない、、、ただ自分がこれを思いついただけでも嬉しいんだ。

諸悪の根源は利息システムだな、、、これが金融という悪魔のヒエラルキーを誕生させた。

大衆は世界経済の実態を知らないから、何が起こっているかも解らず右往左往しているが、富の集中はもう極限状態に近づいている、、、政治家すら「日本企業を守らないと」なんて寝言を言ってるが、実態としてはもう日本企業なんて存在していない、、、表面上日本人を社長に据えているだけで実権は巨大ピラミッドの頂点が握っているんだよユウジ。

何度も云うが株式会社は安く買って高く売るのが唯一無二の使命だ、、、何故なら会社は株主の所有物で株主はどこまでも利益配当を求めるからだ、、、世界の全ての株式会社はこのピラミッドの構成部品に組み込まれている、、、たとえ個人商店であってもこのピラミッドから抜け出る事は出来ない、、、でもたったひとつこのピラミッドから抜け出る方法があって、それは生産者と消費者が一株づつ出資して会社を創る事だ、、、もしこの方法の意味を10万100万の人々が理解して行動したらすぐに世の中は変わるだろうが、、、観念に毒された人々はなかなかそれを理解しない、、、そんなに難しい理論じゃないのだがね。

日産騒動で日本の大メーカーがルノーに乗っ取られるのを防ぐ為経産省と検察が手を打ったと言われているが、バカな話で日産の株が誰に握られているか知れば、とっくに日本企業じゃなくなっている事は明白だよ、、、日産だけじゃなく主要企業は全て銀行や日銀が大株主になっていて、そのもっと上の株主を辿って行けば一点集中している、、、そういう構造の中で派遣社員などという悪法が作られ、ドンドン貧困化が進んでいるわけだが、俺が思うにこうした事態も人類共通の気づきを促す出来事じゃないか、、、だから誰でもすぐ理解できてすぐ実行できる【みゃくそんシステム】が広まらないのも人類カルマの解消の為かなあと思うんだよ。

ちょっと風が弱まった、、、梁を固定してくるわユウジ!

現代貨幣理論

3日ほど前から強風が吹き始めてね、、、今、午前4時なんだが、3時頃にゴーゴー響いて目が覚めてしまった。

眠れないままに今の経済というものを考えてた、、、『れいわ新選組』の台頭をきっかけに大西つねき氏の「現代貨幣理論」に興味を持ってね、、、ここしばらく色々な経済学者の主張を調べたりしていた、、、今MMT理論が話題になっていて、それに賛成派と反対派の両方の講演を聴き比べてみたが、反対派は、国家の会計が、一般家庭の家計や、一般会社の会計と同じように収支のバランスが均衡されていないと破綻すると思い込んでいるんだな。

しかし世界の通貨発行額の現状は、実態経済(通貨に相当する流通物資)に対して10倍以上も発行されている、、、どうしてこんな事になっているかというと、お金の大半が金融取引に使われているからだ、、、今発行されているお金の9割は口座に記入されている数字だからこんな状況ができるわけだ。

これはひとえに利息というシステムのせいで、時の経過と共に利息が加算されるなら、必ずより金持ちの処に金が集まるのは自明の理だ、、、そしてそれはドンドン加速する。

つい10年ほど前には、世界の富の半分が60人ほどの富豪に握られていると言われていたが、今は8人の富豪に集中しているという、、、物凄く加速してるわけだ、、、利息システム→資本主義→株式会社システムが動き出してから200年、、、元々は物々交換の手段として発行された貨幣が利息システムによってユックリ金持のところに集まり出し、それがいくつものピラミッドを形成し、、、その無数のピラミッドが集まって更に大きなピラミッドを形成しているわけだな。

必然的に1つのピラミッドに向かうだろうが、これを世界統一というなら、まあそうかも知れない、、、しかしこのシステムは根本的に損得勘定というか、人間欲望に根差した理念に依るものだからほとんどの人類は奴隷状態に置かれるなあ。

まあそうなるまでに地球が破滅するかも知れないが、とにかく資本主義が終末に来ている事は確かだ、、、でもユウジ、俺はそう悲観しているわけでもないんだ、、、

この地球世界の歴史の上で、人類が行なってきた数々の愚行(実際歴史を美化しないであるがままに検証すれば愚行と云う他ないよ)は、俺自身の人生とほとんど重なっている事に気づいたんだよユウジ、、、それは多分俺に限った現象じゃなく、形こそ異なれ誰の人生にも起きている現象じゃないかと思うんだよ。

気づいている人は少ないかも知れないが、世界の歴史と人の人生とは、内面の意識過程(集団意識と個人意識)においては非常に類似していると思うんだよ、、、例えば8億以上の人々が飢餓に苦しんでいる事は広く知られていて、誰もがそれを知っているが、それでも美味しいものは食べたいし、それを楽しんでしまう自分がいる、、、そして更に楽しみたいと自分である事も事実だ、、、そういう利己心が今の世界を創りあげているわけだから、これは必然的に破滅するだろうし、また破滅すべきでもある、、、こう書くと悲観するかも知れないが、俺はそう思わないんだ、と云うのは生命もしくは存在というものの永続性を考えると、因果(原因と結果の繰り返し)の繰り返しの過程で螺旋状の上昇が推察されるからだよユウジ、、、つまり矛盾の苦しみを重ねる過程で確かに意識の上昇があると、、、俺はそれを感じるんだ、、、

ここ数年、経済の停滞と貧困層の拡大に危機感を持った有識者が資本主義の行き詰まりに気づいて警鐘を鳴らし始めたが、大局的に人類という存在の意味まで思索する人は少ない、、、しかし俺が思うにそれももう少し経てば出てくるように思うんだよ、

その為の生みの苦しみなら、破綻も良いかなあと楽観的に思っているんだよ。

もう5:30なのにまだ風がゴーゴー吹いてる、、、今朝は高い処に登るのは無理かも、、、少し眠る事にするよユウジ、、、いつ起きようがいつ寝ようが自由気ままな独居生活、、、ありがたなあ 。

独り建前 2

今日は仮置きしてある梁に、柱を差し込む作業、、、これがなかなか独りでは難しい作業でなあ、、、

まず柱を吊って来て所定の位置に着地させ、倒れ無いようにハシゴで両脇から支えて置く、、、微妙なバランスで静止している柱から吊りバンドを外して、今度は梁を静かに持ち上げる、、それから梁のホゾ穴に柱のホゾを合わせて静かにホゾの先端をホゾ穴に下ろしていく、、、こう言葉で説明すると数10分の作業のように思うだろうが、なかなかそうはいかない、、、まず梁も柱もクネっていて角材じゃないから位置決めが実に厄介だ、、、何度も何度もユンボから降りて、芯の通りを見据えたり、左右の壁の上に登って通りを見たり、、、それでほんの少し動かして再度確認、、、位置が上手くいくと高低がズレ、、、位置と高低が上手くいくと柱が傾いたり、、、柱を直すと梁の位置がズレたりしてなあ、、、もう諦めようかと思ったよユウジ!

夕方まで悪戦苦闘した挙句妙案を思いついてなユウジ、、、位置も高低も気にせず柱を梁に連結して、梁を持ち上げても柱が抜けないよう大きなネジ釘や鉄バンドで留めておく、、、そして柱が建つ位置を広めに掘り下げておいて、今度はユンボで一体化した梁と柱を吊って両壁の所定の位置に下ろすんだ、、、そうすると柱は自重で芯が通った状態でぶら下がるから、そのままコンクリートで根元を固めてしまう、、、文字通り逆転の発想だハハハ、、、上手く行ったよユウジ!

根元のビニールは根が湿気て腐らせない為だ、、、コンクリートが乾いたら根とビニールの間にタールを流し込むんだ、、、そうすればタールが木に染み込んで腐敗を防ぐと思ってね。

いやあ今日は緊張したよ、、、辛うじて立っている柱の上に梁を置いたが、素人細工の悲しさでスンナリ入らなくてね、、、しょうがないからほんの少し吊り加減を緩めて梁の上に登り、掛矢で叩き込んだんだ、、、グラグラする丸太の上で掛矢を振り上げるんだから命がけだ、、、しかも自分の身体が乗っている梁を叩くんだからなあ、、、思わず念仏唱えたよユウジ、、、俺が得度して初めて真剣に唱えた念仏だ、、、ハハハ。

日が落ちかかってPillar婆ちゃん家の裏手の牧場に登った、、、ここが日没を観るには良い場所でね

今日は風が強かったから空には飛行機雲の落書きもなく美しい日没だった、、、梁から落ちなかったところを見ると、まだこの世でやる事が残ってるんだなあ。

サウジアラビア

数日前サウジアラビアの石油施設がドローンで攻撃されたというニュースが流れたね、、、世界は激動続きで眼が離せない、、、犯人は色々言われてるが、確かな事はサウジアラビアが米国から買った防衛兵器が全く役に立たなかったという事だな、、、サウジと日本は米国から迎撃ミサイルや戦闘機をいっぱい買っているが、今回襲ってきた12機のドローンを一機も撃墜できなかった、、、サウジの石油施設の半分を破壊されたと言うんだから、、、それもミサイルじゃなくて無人機でだぞユウジ、、、もう兵器は行くところまで行って防ぐ方法は無い事が証明されたんだ、、、このままチキンレースを続けてると本当に地球は破滅するな。

俺は本当に日本は軍備を放棄してガンジー主義を再現すべきだと思うがなあ、、、それで天皇が戦争責任を謝罪すれば韓国北朝鮮も歓迎するだろうし、世界のチキンレースを止められる可能性が生まれると思うんだがなあ、、、

人がこの地球上に誕生した意味を知ればこんな狂った猿みたいな惨めな世界は消えるだろうが、、、

まあ俺は俺の意識世界で精進するだけだ。

独り建前

聖堂の地盤を誤差の無いように手均し後、ユンボで転圧、、、砂を入れた重い袋をバケットで吊って、ユンボがお辞儀するくらい荷重をかけると、キャタピラの先端に重圧がかかるんだ、、、路盤はパンパンに締まるぞ!

手均しは足で踏み固めながら水平に均したんだが、ユンボで踏んだから土中の軟岩が押し潰されて少し凸凹になった、、、床レンガを貼る前に凹んだ処に砂を足してもう一度手均ししないとな、、、

さて梁を一本載せてみる、、、生木だから凄く重くてね、、、チョット壁に触れるだけで壊してしまうからなあ、、、手綱を付けて慎重に慎重に、、、

雷がやってきてすぐ近くの山に落雷、、、耳が潰れんばかりの轟音にLEOはキャンキャン鳴いてユンボの下に避難、、、俺も早仕舞いした。

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団塊世代の仲間たちへ

好奇心

好奇心は生きる力です。生命活動の最も活発な幼児の様子を観察すれば、好奇心が活力そのものだという事がよく解ります。

一方、死にゆく人々を観察すれば、死期が近づくにつれ好奇心が薄らいでいく事が解ります。生命活動と好奇心は表裏一体なのです。

一般に老化して体力が衰えてくるから好奇心も薄れてくると思われていますが、私は反対だと思っています。つまり好奇心が薄れるにつけ生命活動が弱まってくると思うのです。だから皆さんも長生きしたかったら好奇心を喚起し続けることです。

さて「好奇心とは何か」を考察してみましょう。好奇心とは「知りたい心」です。人間はとにかくなんでも知りたいのです。自分が知らないものはナンであれ、見たい、聴きたい、触れたい、食べたい、嗅ぎたい、のです。生活全般が五感を使った対象物の確認作業と言っても過言じゃないでしょう。

昨今の飛行機には大抵退職した団塊世代の仲間たちが夫婦で搭乗しています。「どちらへ」と尋ねると大抵「まだ〇〇を見ていないので元気な内に見ておこうと思って」と答えます。

70年以上も生きてきて随分沢山の事物を見てきたろうに、どうして人はこんなに際限なくあらゆるものを見たがるのでしょう。

人間の好奇心は対象物に向かっているようで実はそうでなく、自分自身に向かっているのです。「対象物を見た自分」を知りたいのです。我々は好奇心に動かされて次々対象物に意識を集中しますが、それは対象物を認識した自己を確認する作業に他なりません。

さてここでひとつの例えを申し上げます。暗黒の空間にたった独りで浮かんでいたとしたら、その人は自分というものを認識できません。自分の身体の大きささえ判らないワケです。ここにひとつの電球が登場したら、その人はその光によって周囲の状況を見て取れます。

近くに居る人と自分を比べ自身の大きさも確認できます。肌の色や髪の色も確認できます。そしてもっと自分自身を確認する為に人だけじゃな色々な事物を調べ回り出すのです。

母の胎内から光の世界に飛び出した赤ん坊はこうして自分探しの旅を始めます。

お判りでしょうか、我々の一生は自分探しの旅なのです。しかしいくら好奇心に駆られて外を探し回っても本当の自分と出逢う事は出来ません。何故なら「本当の自分」は外に居るわけではないからです。

人間には3つのタイプがあります。

①  旺盛な好奇心に駆られ一生外部を探し廻るが、自分が何を探し廻っているのか気付かずに終わるタイプ。

②  途中で好奇心で動く事に疲れ放棄して一生を終えるタイプ。

③  真剣に「本当の自分探し」を続け、見つからないことに絶望するタイプ。

「これじゃあ人生良いとこ無し」で暗い話になってしまいますが、そうでもありません。③の絶望という経験が大切なのです。これは非常に幸いなのです。まず自分の人生が自分探しの旅だったと気付く事。そして外をいくら探し廻っても見つからないと気付く事。この経験を経て始めて人の好奇心が内側に向かうのです。

外に向かっていた好奇心を内側に向けると地獄の門が待ち構えています。当然です。余程の人でない限り人間意識の内部は地獄だからです。口では取り繕って世渡りはしてきても、大抵心中は我利我利亡者が正直なところです。それを直視するならこれこそ地獄でなくて何でしょう。

でもその内解ってくるはずです。どうもこの「どうしようもない自分」というものは「本当の自分」じゃないという感覚です。何故なら「どうしようもない自分」を「冷静に眺めているもうひとりの自分」が居るからです。

70を過ぎた皆さんは旺盛な好奇心で無意識の内にも自分探しの旅を乗り越えてきた方々です。そして幾多の絶望と諦観も経験されて来た方々です。多分口には出さずとも、自己の内面地獄も直視した方が多いと思います。つまり70代の方々は、私が申し上げた「気づき」への条件がほぼ揃っている方が多いという事実です。後は自分の人生が本当の自分を探す旅だったと気づく事です。そうすれば残りの人生のみならず、未来永劫に希望の人生が開けて参ります。