本館石積み

今日は朝から濃霧、、、砂にシートかけとけば良かった、、、砂が乾いたと思ったがまた湿ってしまった、、、
昼過ぎ霧が晴れたので砂を拡げて、昨日買ってきた足場を組み立てる、、、崖上に咲いてる青い花、、、春だなあ

明日は晴れらしいから急がず砂をよく乾かせてから篩うよ

パイプ足場と脚立とユンボでなんとか側面をカバー

ところで話は変わるが、自衛隊のF35が墜落したんだって?
先日日本のアホ首相がアメリカから100機買うと約束してきたヤツだな、、、あの戦闘機は失敗作でカナダも買う話だったが断ったシロモノだ、、、NATO軍内で模擬戦闘訓練したら、F35は欧州軍の従来型戦闘機に負けてしまったそうだ、、、とにかく電子機器が目一杯詰め込んであって機体が大きくなり重くなって、パイロットはよほど訓練しないとうまく使いこなせないらしい、、、しかし値段がベラボウに高くて、部品も高いから、訓練飛行するだけで予算オーバーしてしまうそうだ、、、従来型の戦闘機と比べると40倍かかるから、結局訓練回数が40分の1になっちゃって、訓練不足のパイロットしかいないそうだ、、、それでレーダーが高性能なので敵の飛行機を凄くはやく見つけるんだが、レーダーの照射を受けると従来型の戦闘機もそれを察知できて(つまりお互い同時に識別できる、ほんとバカみたいだな)、欧州軍のパイロットは熟練してるからすぐ模擬弾を撃って勝ってしまうらしい、、、ホント日本はアホやなあ、、、!

そんなコトに何兆円も、、、福島の疎開者を何回でも助けられるのになあ、、、なんで自民党に票いれるのかワカランなあ?

まあ堕ちるとこまで堕ちなアカンのやなあ、、、。

買い出し

昨日は158キロ離れたオビエドの資材センターまで買い出し、、、石壁を積み始めるが、左右に移動しながら積むのでやはり足場が必要だ、、、LEOは最近pillar家の犬にも慣れたので、留守番させて独りドライブ、、、

御神木の下を出発して

50メートルくらいナロガ専用道路を下ると

PILLAR家が現れる

家の前を過ぎると種籾倉庫兼門があって

そこをくぐるとPereira村の中央道路に出る。

PILLAR家の他に三軒あるがいずれも休日くらいに来るだけで普段は無人だ。
新緑の山道を2時間ドライブ

目的地オビエドのブリコマートという資材センターで足場物色、、、ほとんどアルミ製品が主流だなあ、、、まあ俺が足場に登ったのは50年前だからなあハハハ、、、アルミは軽くて良いに決まってるが値段がなあ、、、で、昔懐かしい鉄製品買った、、、安いからなんだけど、、、重くても移動はユンボで吊るから大丈夫

で、快適に高速、、、ペラペラのトレーラー引っ張って時速120キロ、、、

ナロガ到着は午後9時だったがまだ明るい、、、陽が長くなったなあ〜

天のメロディー再再考

しつこいようだが「家路」の件、、、
曲名がわかったのは一静に尋ねたからだ、、、スカイプが繋がって、俺がメロディーを口ずさんだらすぐ一静が歌詞をほとんど全部歌って「家路だよ」と言ったので驚いた、、、ところがその後ケンからも家路の動画が送られてきて「これでしょ」と云うのでまた驚いた、、、ケンにはメロディーも聴かせてないのにどうしてわかったのか、、、2人とも感が良いというか、、、なにか通じるものがあったのか、、、まあ『死』が生きる世界の転換点だとは思っているが、なんだかそれが証明されたような気分でだんだん愉快になってきたよ。

今日は日曜日でルシアとマリアがLEOを見に来た、、、やはり仲人としてはLEOの様子が気になるんだな。

LEOに牛を見せたらビックリして注視してたが、牛も珍しいのか近寄って注視してた、、、両者にらみ合いの瞬間

今日から1週間は快晴続きらしい、、、石積みにかかりたいんだが、まだ砂の2次篩いができていない、、、砂が湿っていて篩っても分離しないんだ、、、それで広げて2日ほど乾燥させることにした、、、その間ポリハウスが風で敗れてバタバタだったので、それを片づけた。

強引に移植した山クルミの木に葉っぱがジリジリ伸びてきた、、、ほとんど根が無い状態だったので危ぶんでいたんだが、、、もう一度生きる気になってくれたらしい。
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天のメロディー再考

昨夜ユウジがこの話をどう受け取るか考えてなあ、、、ユウジだったらこの話聴いても、「多分啞樵さんの意識がパイプから出てる音をメロディーとして受け取ってるんだろうな」と思うだろうと推察した、、、俺がユウジでもそう思うからな、、、それで「おお、録音してそれを送ってやればユウジも降参するやろ」と思いついたんだ。

ところが今朝はピタリと風が止んでなあ、、、

いつまで待っても吹いて来ない、、、しょうがないから解放型ストーブのテスト、、、やはり横から煙が出てくる、、、これじゃあ室内で焚くのは無理やなあ、、、

うまく燃えたらこの銅パイプを煙突部分に入れてお湯も同時に沸くようにする、、、そのお湯をストーブ周りの床に配管して床暖房と囲炉裏の火の両方から暖まる計画だったんだが、、、。

そうそう、メロディーはドボルザークの「家路」だった、、、さっき一静に尋ねてわかったんだが、ケンからも家路じゃないかとくチャットがきた、、、聴いてもいないのにどうして判ったんだろう?

録音ができないからしょうがないが、、、まあ神秘現象の話はいくらでもあるが、風がハッキリメロディーを流したという話しは聴いたことがないなあ、、、とにかくハッキリ奏でていたんだ、、、これは幻聴でも思い込みでもないぞユウジ、、、こんな、、、ああ、いくら言ってもコリャア現場で実際耳にしないとこの驚きは伝わらんな、、、LEOも聴いてたが全然感動しなくてね、、、俺が崖の上でパイプに耳を寄せている大事な時に夕飯せがんだから叩いてやった、、、鈍感でしょうがないヤツや、、、何も考えずにバクバク食べるからドンドン大きくなって、来た時の倍くらいになったよ。

まあこういうのをこじつけてアレコレ云うのはイヤなんだが、、、やはりあの娘からの報らせより他に思いつかないいなあ、、、どうにも単なる偶然とは思えないんだよユウジ、、、

天からメロディー

ユウジ、今日ビックリすることが起きてね、、、イヤ出来事は1週間くらい前から起きてたんだが、その原因がさっき判明したんだ!

ここんとこナロガはズット悪天候でね、、、外仕事ができないから俺はほとんど作業場でアレコレやってたんだ、、、ところが時々メロディーが聴こえてくるんだ、、、それは学校やデパートが終業時間の時に流す単純な繰り返しのメロディーで、よく安物のオルゴールに仕込まれている、、、曲の名前が思い出せない、、、誰でも耳にしている曲なんだが、、、それで一静かユウなら知ってるかと思ってスカイプかけるんだが両方とも出てこなくてお手上げだ。

とにかくそのメロディーが繰り返し繰り返し聴こえてくるんだ、、、ナント云うか「もう今日は終わりましたよ、、、さようなら、、、また逢いましょうね、、、」みたいな感じが強く伝わってきてなあ、、、チョットモノ哀しいような、、、秋が来たような、、、そんな感じなんだよ。

それがなユウジ、、、朝も昼も夜も、間をおいて何回も何回も聴こえてくるんだ、、、俺は最初「多分麓のTaramundiから風に乗って聴こえてくるんだろう」と思っていたんだ、、、というのは風が吹くと聴こえてくるからだ、、、しかしその内「こんな朝も夜も曲を流すはず無いな」と気づいてね、、、それにTaramundiで音楽が流れているのを聴いたことないし、、、

それでもメロディーは繰り返し繰り返し聴こえてくるんだよユウジ、、、俺は「いよいよ幻聴か…」と思ったよ、、、つい最近縁ある娘が旅立ったからなあ、それで「俺みたいな鈍感な男でも気づかないうちに堪えていたんかなあ〜」と、思ってな、、、ちょうどサヨナラの曲だし「それならそれで良いや」と思って、メロディーが聴こえてくるとそれに合わせて俺も胸中で口ずさんでたんだよユウジ?

先日LEOの犬小屋を作ろうと思って知り合いの資材屋に行ったら、合板が無いという、、、「何を作るんだ?」と云うから犬小屋だと答えたら「使わない犬小屋があるからそれあげる」という事で、大型犬用の立派な犬小屋を貰った、、、台所の玄関口に置いたが風当たりが強いので、今日作業場の横に据え直したんだ。

犬小屋に更に屋根をかけて、入り口も風が吹き込まないよう工夫してたら、風が吹いてきてあのメロディーがすぐ側から聴こえる、、、ユウジ、何処から聴こえたと思う?

ここだよユウジ!

ここだよココ

ユンボのバケットの先に取り付けるアルミパイプが管楽器となってメロディーを流してたんだユウジ!

まるでバグパイプみたいに風の強弱でメロディーが流れてる、、、それもハッキリ音楽になってるんだ、、、驚いた、、、ホントに驚いたよユウジ、、、こんなコトあるんだなあ、、、ハッキリ繰り返してる、、、正確に繰り返してる、、、もう言葉にならんわ、、、

写真撮るのに隣の緑色のパイプを動かしたらピタリと止まった、、、元に戻したらまたメロディーが流れだした、、、物理的にはアルミパイプの形状や、溶接した鉄具や、周囲の岩や、とにかく周りの色々なモノと風の流れが調和してこのメロディーを奏でているんだろうが、、、

俺には娘が「啞樵さん、私はちゃんと自由世界に居るよ、安心してね」と、、、、、、、そう聴こえるんだよユウジ

石積み再開


今日は朝から強風でね、、、それで石壁の内側なら風も当たらないと思って、母屋、、、母屋はどうも似つかわしくないな「本館」と呼ぼうか、、、本館の中が崩れ落ちたままの瓦礫でガタガタなので、まず内部を整地することにした。

東側開口部は幅も高さも足りなくてユンボが入れないので、思い切って拡げる、、、壊すのはホントに簡単なんだが、積むのがなあ、、、

アッと言う間に拡げ終わって、内部も午後3時頃には終了、、、これで外も中も作業し易くなったよ

ところでさっき動画ニュースサイトで中国のインフラ整備状況の映像を見たが、驚いたよ、、、俺は10年前上海近郊で自然園を作りに行ってたんだが、あの頃の中国とは別な国、、、それも世界に類を見ないスピードで変化している大国だ!

高速道路の工事現場の映像を見たが、日本の3倍か4倍くらいの巨大な橋桁を工場生産して、特殊な大型運搬車で運び込み次々と連結する、、、技術もスピードも完全に日本を追い抜いてる、、、あんな長い橋桁だったら、日本では現場でコンクリート打設して作るしかないが、中国は政府命令で道路封鎖して運ぶ事が出来るし、どうも道路そのものが大型施設や飛行機の発着などを考慮して作っているように見えるなあ、、、とにかくトンデモナイスピードで道路網、鉄道網が出現しているよ。

運搬車も日本の道路では走れない超大型でそれぞれ向きが変えられる車輪が100輪位付いたトレーラーなんだから、もう絶対太刀打ちできる相手じゃないよ、、、政府とメディアはバカみたいに中国、韓国を敵視した報道をやってるが、コリャアヤバイよユウジ、、、不思議だなあ、俺たちの目に入るくらいだから、政府の連中が知らないワケないと思うが、、、どう考えてもあの勢いでは勝負にならんよ。アメリカも数年後には追い抜かれるのは間違いないよ。

まだ日本人の多くは中国民衆が遅れていると思ってるが、現場で動いている人々の表情を観察すると、高度成長期に日本人の表情と同じ「ヤル気」が溢れてるんだ、、、これは働くだけ収入が増加する事と、経済成長と共に底辺の人々もそれなりに得るモノが増えるからだ、、、つまり13億の人口が欲に駆られて走り出してるんだからなあ、、、どういう結末になるのか想像するのが恐ろしいよ、、、

俺がマズイと思うのは日本が恨まれているからだよ、、、なんと云っても一度侵略しているからなあ、、、

俺が小学生の頃は、まだ農村では色々共同作業する事があって、その休息時間や食事時になると決まって戦争帰りのオッサンが戦争自慢をした、、、中国人を「チャンコロ」と呼んで人間じゃないような話ぶりだったが、、、老酒造りの村を襲って亀の中の酒で足を洗ったという自慢話しを聴いて、子供心にも日本兵はバカだと思ったものだが、、、あんな連中が鉄砲持って侵入したんだから、その恨みはなかなか消えないと思うよユウジ、、、日本はどこかで必ずこの清算はさせられると思うよ。

せめて退位した天皇が謝りに行くと良いんだがなあ、、、

『死』

昨日から風雨と共に寒さがやって来てね、昼間も霰が降って寒い寒い、、、面倒だからストーブに長くて太い薪をそのまま突っ込んでずっと燃やしてる、、、LEOも犬のくせにストーブ好きで離れないよ。

ユウジ、この10日あまり俺の頭から『死』とは何かという想いがずっと離れなくてなあ、、、『死』を色々な方向から考えてるんだよ、、、ちょっとこれまでの思索を整理してみるわ。

意識

意識の特徴は時間と空間に影響されない事だ、、、「飛ぶ」という表現が妥当かどうかはわからないが人間意識の共時性(距離と時間に関係なく同時に伝わる)は科学的にも証明されているからね、、、それに我々の実感として「想い」だけは自由自在に飛ばせることは確かだからな、、、しかし肉体は時間と空間世界の産物だから、いくら意識が自由でもその動きと一緒に動くことはできない、、、ここが辛いとこなんだよユウジ、、、意識は肉体に宿っている間、肉体を使って想いを具現化しようとする、、、しかしその想いのほとんどを具現化できないのも事実だ(これは誰でも自分の人生を振り返ってみれば納得するだろう)、、、しかし肉体から飛び出せばもう邪魔するものがなくなるから意識が自由自在に飛び回れるようになるのは当然じゃないかユウジ、、、まず『死』という瞬間は意識がそういう完全自由状態になる事だと俺はそう考えるんだ。

免疫と死

息を引き取った瞬間、肉体は免疫機能を停止する、、、夏場に死ぬと慌てて遺体を冷やすは腐敗始めるからだが、この現象は身体が免疫機能を放棄してバクテリアの侵入を許すからだよな、、、つまり自他の区別をしなくなって周囲と溶け合い始めるワケだ、、、これは非常に興味深いと思わないかユウジ、、、免疫機能とは身体に異物を入れない機能だ、、、つまり自と他を区別する機能とも云える、、、それを止めるんだよ、、、つまり自他の区別をしなくなるという事だ、、、

実際人間に限らず他の動植物だって免疫機能があるから個体として生存し、また死んだら免疫機能を停止するから分解してつぎの再生に繋がるわけだ、、、もし発酵分解しなかったら生態系自体が存続できなくなるからね、、、だから『死』の瞬間免疫機能が停止するのは理の当然なんだが、免疫機能が個体を個体として維持しているという事実は実に意味深いと思うんだよ、、、理屈っぽく聴こえるかも知れんが、俺は免疫という機能は『死』を考察する上で重要なカギだと思うんだ。

死後世界

意識が抜けた肉体はたとえ火葬されたとしても、分子、原子のレベルで周囲と溶け合い調和してゆくわけだな、、、そして新たな生命体の一部となって再生したりするわけだ。

一方抜け出た意識がどんな世界に行くのかという事だけど、、、それは多くの宗教書や霊的書物や臨死体験などの分野で様々な話が述べられている、、、しかしそれは一面の真実も含まれているだろうが、あまりにも様々でどれが本当なのか調べれば調べるほどこっちはわけがわからなくなる、、、俺も一時期それに興味を持って随分その関係の書籍を読み漁ったよ。

それである時気がついたんだ、、、これほど千差万別の話が横行するのはどうも一人ひとりの世界が異なるからじゃないか、、、つまり死後世界を語ったという霊は実際調和された世界じゃなく、個的意識のままで他界した霊がまだ個人としての意識で創り上げた独自の世界を霊言といった形で伝えたからじゃないか、、、俺はそう思うんだよ、、、なぜなら本当に釈尊やイエスのレベルまで達した霊ならば、死後世界を語るはずがないからだ。

だって時間と空間を超えた世界を時間と空間世界の言葉や文字を使って説明できるはずないじゃないか、、、話せば話すほど混乱と誤解を生ずる、、、しかしだからといって『死』を考えないというのは単なる思考停止だと思うんだよ、、、なぜならこの世に生まれてきた我々は自由自在に飛び回れる意識を持ちながら、肉体という檻に閉じ込められ、時間と空間に制約されながら、想いのほとんどを実現できない人生、、、つまり苦海を泳ぐようになってるワケで、、、これはどう考えても「人生とは何か?」「存在の意味とは?」「死とは何か?」を考えさせるための条件だと思わないかユウジ、、、この人間存在の在り方を俯瞰して見てそれ以外に何か目的を見つけられるかいユウジ、、、他にあるなら教えて欲しいわ、、、少なくとも俺が自他の人生を眺めてみて、人生の目的をそれ以外に見出す事は出来ないなあ〜

話が逸れてしまった、、、元に戻すが、俺たちがこの世で生きてる間に『死』を考察するにあたって霊的書物や宗教書を頼りにすべきじゃない、、、俺は最近強くそう思うようになった、、、それは勉強すればするほど硬い感念の壁を厚塗りする事になるからだ、、、だから考察はすべきなんだが、その材料はあくまで自分自身の体験と実際に起こっているこの世の事象から虚心坦懐に感じ取るべきだと思うんだよ。

だから俺は免疫という事象から推察して、本然の世界は自他が全て繋がりあった至福世界なんだろうな、と考えているんだ、、、

想像できないはずだと言いながら想像するわけだが、俺なりに『死』の向こうに至福世界があると思う所以は、レナリを1年7ヶ月育てた経験からなんだ、、、多分誰だってそうだと思うが乳飲み子から育てていると可愛さがつのってきてな、、、それは歓びであると同時に苦しみでもあるんだ。

ハイハイするようになるともうイケナイ、、、一静が産後ケアをやりだしていつも家には乳飲み子を抱えたお母さん方がいるのだが、なんと云っても我が子が可愛い、、、笑顔も泣き顔も何もかも可愛い、、、どうしようもなく可愛くて何もかも優れて見える、、、これが親バカ感情だと頭では戒めるのだがそうとしか思えないんだからしょうがない、、、同じ年頃の子が素早しっこく駆け回って、レナリはどうも運動神経がもうひとつでノロノロヨチヨチ動くんだが、それもオットリしていて優れているように思えてしまう、、、本当に困るのは完全に他の子より我が子が可愛いことだよユウジ、、、もちろん面には出さないがどんな可愛い赤ちゃんが来てもやはりレナリが可愛いんだ、、、それを隠して赤ちゃん全部を平等に扱おうとするが、これは明らかに偽善だよなあユウジ、、、それと途中で気がついたんだがヨソの赤ちゃんでも長く一緒に居る子と初めて来た子ではこれまた可愛さが違うんだ、、、俺はそれが「所有観念」から来るものだと気づいた、、、しかし気づいてもこの感情はひどく強固でなあ、、、レナリと別れてスペインに来て、放そうとして放せない強固なこの執着にはホトホト参ったよ。

ユウジ世界を苦しめているモノの正体はこの感情だよ、、、我が子が他の子より可愛いという感情だよ、、、もちろんその感情は親として自然なものだと、いま誰しもそう思っているよな、、、でも冷静に考えてみれば他人の子より自分の子が可愛いという感情が、他人より自分、隣より我が家、他国より自国という争いを生んでいる事も事実だよ、、、すべての苦悩は所有観念から生じているという事実をそろそろ人類は気づかなくちゃあならないなあ〜

ところでユウジ、ちょっと想像し難いと思うが、もし自分の子も他人の子も同じように可愛い、、、そういう心境になったらどうだろうなあ、、、会う子会う子が我が子と同じく可愛い、、、そう思わなくちゃならないんじゃなくて実際そうなったらどんな世界が出現するのかという事だよユウジ、、、それが至福世界であろう事くらいは想像できるじゃないか。

俺が想うに、いま俺たちが生きてるこの世界は、俺とおまえと誰々というふうに存在が個々別々にあるかのように感じ、また独立して存在しているように感じる、、、しかしこの世界が唯一無二のものだとしたら変じゃないかユウジ、、、どうも不合理だと思わないか、、、俺たちは自由な意識を持ちながら不自由な肉体に宿って苦しんでいるが、これは明らかに存在の意味を考えさせるための構造(仕掛けと云ってもいいだろう)だと思うんだよ、、、だとすれば存在の意味を切に求めれば、必ずその先に求めに応じた世界が現れてくるはずだと思うんだ、、、それは「自他別々世界」→「自他一体世界」と考えるのが自然な流れだと思うんだユウジ。

俺は宗教も哲学も壮大な勘違いをしたと思うんだ、、、それはまず『死』に対する異様な固定観念を作り上げた事だ、、、まあ仕方ない面もあるんだが、いま我々が『死』に対するイメージを暗い悲しいものとして受け取ってしまうようになったのは、『死』を「残る側の立場」からばかり考察したからだ、、、しかし前述したように『死』を客観的に考察すれば(つまり旅立つ者と残る者両面から眺める)先の世界が想像はできないにしても時間と空間を超えた世界である事くらいは想像できる、、、そしてその世界を現世の文字や言葉で説明できないことも納得できる、、、『死』が逆戻りできない旅である事は確かで、それだけに残された者が嘆き悲しむのは仕方ないとしても、旅立つ者にとっては未知の世界への出発である事も確かじゃないかユウジ、、、それは凄い事だと思わないかユウジ、、、それに誰にも等しく訪れる出発だ、、、先立たれ惜別に苦しんだ者も必ず後を追って旅立つ日が来るんだ、、、

『死』の準備

俺が最も重要だと思うのは、『死』の瞬間の意識状態だと思うんだよユウジ、、、死がやってきて肉体から抜け出た意識は完全に束縛を受けない状態だ、、、そうなれば意識は当然想いの向かう処に行くだろう、、、文字通り「心の赴くままに」だな、、、もしその意識が切に「存在の意味」を求めていたなら意識は存在の意味を体現できる世界に行くだろう、、、一方この世に執着を持っていたならどうだろう、、、意識がまだこの世に向いていたら困ったことになるだろユウジ、、、肉体はこの世で意識を体現するための道具だったわけだから、道具がなければ手も足も出ない、、、その状態でこの世をウロつく事になるじゃないか、、、俺はこれが地獄だと思うんだよ、、、『あの方』が飛行機から下を見て涙されたのは、人々の生死の在り方があまりに無惨だったからだ、、、俺たちはこの人生で何をすべきか、、、それは個々の生き方を通じて「存在の意味」を問うていく事だと思うんだよユウジ、、、俺がこのナロガを創るのもその為の方法だ、、、霧の中で誰に邪魔されることもなく『死』をつきつめて行けるのもその想いがあってのことだと思う、、、ユウジもいつの日か此処に来て、この地がおまえに何をもたらすか感じて欲しいなあ、、、

ところで余談だが、浄土宗では葬儀で阿弥陀経という長いお経を唱える、、、瑠璃の池、黄金の道、銀の木々、何から何まで宝石で出来上がった極楽浄土世界を延々と唱えるんだ、、、金、銀、瑪瑙、珊瑚、瑠璃、真珠、、、唱えている間に気持ち悪くなってくるぜ!

札束や宝石に未練を残したヤツなら喜びそうなお経だなあ、、、もちろん極楽の素晴らしさを喩えたんだろうが「こんなコト釈尊が云うワケないだろうがバカモノ!」と怒鳴りたくなるワケだよ俺としてはハハハ、、、これ唱えて50万も100万も貧乏人から毟り取ったらヤバイだろユウジ、、、だから俺は寺に居ないんだよフフフ!

老子

ユウジは老子という名を聞いたことあるだろ。昨日お灸の思い出を書いていてタオ(道)の事が出てきたので、それについて後日談を書いとくよ。

懲役中唯一自由に買えるモノは本だけだ。買いたい本があったら週一回申込書に書き込めば翌週の土曜日に配本してくれる。最も所持金を預けて置かなきゃダメだがな。

それで俺は父が他界した事をきっかけに、死後世界があるのかどうか真剣に考えるようになって宗教本を読み込むようになったんだ、、、その中には老子思想も含まれていて、老子が遺したと云われている道徳経の解説本もたくさん読んだよ。

ところがどの本を読んでもどうも俺にはピンとこないんだ、、、どの著者にも共通する点は「道徳経は宇宙の真理をたった5000文字に集約して書かれたものだから難解なのは当然だ」という認識を示していて、「ではそれをひとつづつ解釈していきます」という形なんだなあ、、、でもユウジ、これは他の宗教でも同じことだが、そもそも肝心なのは「悟ること」だろ、、、経典だって悟るための道具であって、経典そのものが大事なわけではないよなあ、、、それなら道徳経を解釈するなら、道徳経を使ってまず著者が悟らなきゃダメだよなあ、、、悟らずに解釈出来るワケないよなあ、、、俺が読む限り著者中に悟った人は見当たらなかった。

まあ本を書いてそれが売れるくらいだからそれなりの人物だろうとは思ったが、どうも「〇〇様はこう仰ったがそれはこういう意味です」みたいな感じで著者自身の言葉がないというか、体得した実感が伝わってこないんだなああ、、、それでタオについては興味はあっても物足りない感じを抱えていたんだよ。

道徳経については「タオと云ったとき、それはもうタオではない」という有名な一節があって、識者たちはそれを「ああでもない」「こうでもない」とそれをネタにイッパイ本書いてるが、俺は単純に「ああ言葉や文字では伝えられんっちゅう事やな」と、思ったんだよ、、、それで禅宗には「不立文字」ということが云われていて、つまり本当の処は文字や言葉にはできませんよという意味なんだが、それと全く一緒やなあと思っていたんだ。

その事をお灸の後時間に李先生と話し合って、彼も深く興味を持って話が弾んで楽しかったんだ。

それで昨日話したように日本に帰ってから李先生に連絡するんだが、ヒジョンがいくら電話しても通じないし、泊まっていた宿屋やガソリンスタンドに連絡しても、李さんは突然居なくなったという事で、結局今日まで音信がなく日が過ぎた、、、。

霧の中に浮かぶ小島の思い出もなんだか夢の中の出来事のようだが、、、それでねユウジ、俺がお灸を終えて痛みも無くなって、早速『あの方』の元へ経過報告に行ったんだ、、、そして俺は興奮気味に一部始終を話したが『あの方』は「ああそう」と気のなさそうな返事でなあ、、、拍子抜けしたよ、、、その時はまだガンがどうなってるかわからなかったので、「どうでしょう治りますかね?」尋ねたらと「治ってるでしょ」と簡単に云うので、これも拍子抜けしたよ。

それで話題を変えて「ちょっと老子の事がどうも難し過ぎてわからないんですが、タオとはなんなんですか?」と尋ねたら「難し過ぎて分からんのじゃなくて簡単すぎて分からんのですよ、、、タオはオマンコのことですよ、、、前田さん大好きでしょ、、、これであなたがどうしてオマンコが好きか分かったでしょ」と言うんだよ、、、俺は凄い衝撃を受けてなあ、、、それ以後『あの方』から離れられなくなったんだよ、、、その後も時折り釈尊、老子、イエスの講義をしてくれたが、俺がそれまで見聞きした講義や書物などは比べ物にならない、、、次元が違うといった方がいいな、、、なぜあんな偉大な存在が俺の目前に現れたのか、、、それが今以て謎だわユウジ。

今日のナロガは晴れ、、、何もない真っ青な空にたったひとつだけ浮かぶ雲、、、裏の山上のホントに低い位置に、、、雲というより谷間から立ち昇った水蒸気かな、、、龍みたいな形だったが、カメラを取りに行ってる間に形が崩れてしまった、、、変化の中にいるんだなあ俺たちは。

お灸

お灸のことをまだ話してなかったなユウジ。

俺は46歳の時(もう25年経ったんだなあ)、、、肝臓ガンを患ってね、、、病院から抗ガン剤治療を勧められたんだが、医師をやってる親しい後輩に相談したら、抗ガン剤は身体も痛めるし、実際のところ何をやっても進むガンは治らないと云われた、、、それでもう年貢の納め時だと諦めていたんだ。

ちょうどその頃『あの方』に出会ってね、、、俺は初めて会った瞬間になんだか矢も盾もたまらない気持ちになって「一体俺たち人間はナニをやってるんですか?人間という存在に意味があるんですか?」と問うたんだよ、、、そしたら彼は静かに「土に触れる生活をしなさい。そうすればあなたの疑問が氷解する時がくるよ。」と云ったんだ。

それから2人で、水が良くて汚染されていない土地を探しに回った、、、当然過疎地という事になるが、越前海岸近くの山中でゴルフ場目的で買収が進み途中で放棄された土地を見つけた、、、しかしゴルフ場目的だからメチャクチャ広い、、、それで俺が「先生、実は肝臓ガンで医者から後2年くらいと云われてるんです。こんな広い土地、、、開拓してる内に死んじゃいますよ!」と告白したんだ。

そしたら「そんなものお灸すれば治るよ」とサラリと云うので、俺は馬鹿馬鹿しくなってその日は帰ったんだが、家に戻ってから『あの方』があまりに当然のように「そんなものお灸で治る」と言ったのが頭から離れず、翌日出かけて行って「先生、昨日仰っていたお灸ですが、やって貰えませんか」と、頼んだんだ、、、そしたら「ウーンあれは特別なモグサが必要でね。いまそのモグサが無いんだ。まあ長生きばかりが良いとは限らないからねハハハ」と笑うんだ、、、俺はせっかく諦めていた命が惜しくなって頼んだら「モグサが無いからできない」ときたから腹が立ってね、、、その夜はタチの悪い連中と呑みに行ったんだ。

行きつけのワル連中が集まる韓国クラブに行って苦い酒を呑み始めたが面白いはずがない、、、そしたらママが「マエタ(前田)さん、ニューフェイスを紹介しますからご機嫌直してクタサイ」と云って若い娘を側に侍らせたんだ。

その娘はヒジョンという名で、日本に来たばかりだが在学中に日本語をマスターしたという事で、話してみると会話に不足は無かった、、、韓国のどこから来たのかと問うと、ソウルから来たが生まれはカンファー島だと云った、、、カンファー島とはどんな処かと問うたら、驚いたことに「モグサとニンニクの有名な処です」と云うんだよユウジ!、、、俺はいっぺんに酔いが覚めてしまい、カンファー島とモグサの事を詳しく話してくれと頼んだんだ。

ヒジョンの話によると、カンファー島にはマニ山という高い山があって、5000年前、そこに住んでいた虎と熊は人間になりたくて神様にお願いしたという、、、神様は虎と熊に「ヨモギとニンニクを持って山の洞窟に篭り、3ヶ月祈ったら人間にしてあげる」と云ったそうだ、、、しかし虎は我慢できなくて途中で外に出てしまい、熊は最後まで篭って凛々しい若者の姿で洞穴から出てきたそうだ、、、その若者は地方豪族の美しい娘と結婚し玉のような赤ん坊を産んで、その子がいま神話で語られている檀君という王様で東アジア全域を統一した王様になった、、、以来朝鮮半島に虎は生息し続けたが熊は人間になったからいないという話だった。

俺はその話を聴いて『あの方』が云っていた特別なモグサはきっとこのカンファー島に行けばある思った、、、それでその場でママを呼んで「この娘をしばらく貸して欲しい」と、頼み込んだんだ、、、その場は娘の不思議物語と真剣に耳を傾ける俺の様子で呑み会の雰囲気ではなくなり、渋るママや呆気にとられるワル連中も、俺の尋常でない様子に気圧されて結局その娘の前借り金を支払う事で話を付けたんだ。

数日後に俺はヒジョンを連れて韓国に行った、、、レンタカーを借りてカンファー島に行き、『あの方』に教えて貰った「良いモグサ」を探し廻ったんだ、、、良いモグサとは5月中旬の最も草木の勢いが強い時期に刈り採った蓬を3年間陰干しして、それを手で揉みしだいて作ったモグサだ、、、カンファー島では至るところにニンニクと朝鮮人参と薬用マッコリが売られていて、大抵モグサも置いてあったが、ヒジョンも俺が命懸けだと承知しているので、どうやって作ったのか真剣に尋ねた、、、どうもそこまで丁寧に作られたモグサは見当たらなくて、島の先端部分まで行った処で燃料が無くなったきた、、、それで小さな手回しの給油タンクのスタンドに入って、給油がてら本物のモグサがある処を知らないかと尋ねたんだ、、、そしたらスタンドのオヤジが「ああ、それならトンガン里の李先生だ。トンガン里はこの先の脇道を海の方に降って行って、海に中の堤防の道が小さな島に続いてるから、その島にいるよ」と言うんだ、、、それで早速行こうとしたら「今は潮が満ちてるから渡れないよ。明日朝早くに潮が引いて、そしたら堤防の道が現れる。」と云う、、それでその夜は近くの木賃宿に泊まった。

翌朝早くに脇道を下って行ったら、潮が引いて一面泥の海、、、そこから水蒸気が立ち昇って霧が発生し、霧の中に真っ直ぐに石垣でできた細い道が浮き出ていた、、、俺たちはソロソロと車を進め小さな小さなその島に入ったんだ、、、島はひとつの小高い丘で、グルリと登り道を登って行くと数軒の農家があってそこが行き止まりだった、、、その広場に車を置いて、徒歩で反対側の海に沿って谷があり、その谷を降りまた丘に登った処に崩れかけたふた棟の廃屋があった。

村人に尋ねると李先生はそこに住んでいるという、、、俺とヒジョンはその谷の細い獣道を歩いて廃屋に向かったが、上に辿り着いたところで谷の下から身体全体が痙攣している男性を肩で支えながら坂道を登ろうとしている老人に気がついた、、、見たところとても登りきれない様子なのでしょうがない下に降りて老人と2人がかりでその痙攣が止まらない痩せた男を担ぎ上げたんだ。

手前の廃屋の戸を開けると中から李先生が出てきた、、、中肉中背の物静かな男で昔風の着古した朝鮮服がよく似合っていた、、、それで今到着した痙攣男が先約だから、治療が終わるまで待ってくれと云われた。

2時間ほど経ってようやく痙攣男の治療が終わり、俺とヒジョンは中に入ってモグサが欲しいと頼んだんだ、、、どれくらい欲しいかと云うので、『あの方』への土産にもしようと思い、傍にあった米袋を指差してこれに一杯くらい下さいと云った、、、李先生は即座に「150万ウオン」と云った、、、そしたらヒジョンが立ち上がって外に俺を引っ張り出し「高すぎる、あなたが日本人と思って吹っかけてる」と云うのだ、、、しかし俺はそうでもないと思った、、、日本円で15万ほどだったが、先ほどの2人組の様子から推察して極貧者である事は確かで、もし誰からも高額の治療費を取るなら彼らのような貧乏人は治療に来れないはずだと思ったんだ、、、貧乏人には安く金持ちからは高く取るならそれはそれで良かろう思って「いいから云うだけ払ってモグサを持って帰ろう、、、おまえの前借金から見れば安いもんだ」と云ったらヒジョンもそれには反論できず、汚い袋にモグサを詰めてソウルに戻った。

ホテルに入って目的のモグサも手に入ったと喜んだが、ふと思いついてヒジョンに「オイ、あの痙攣してた2人組帰りはどうやって帰ったのかなあ?」と尋ねたら「アッそう云えば帰りはスッスッと帰っていったわ、、、ヤッパリお灸効いたのかしら!」と云うので俺も感心し、同時に「これは李先生に治療して貰うのが良いようだな」と思ったんだ、、、、せっかく良いモグサを持って帰っても『あの方』に「やはり早く逝った方が良いよ」なんて云われたら目も当てられないからなああ、、、それで翌日またトンガン里に向かった。

李先生にここで治療してくれと頼んだら「21日間やるがどんなに苦しくても決して途中で止めないなら治療する」と云われた、、、俺は覚悟を決めて「やります」と返事した、、、初夏だったが身体を冷やさないよう汚い敷布団の下には暖房 が入っていて、そこに腹を剥き出しにして仰向けに寝かせられた、、最初は米粒くらいのモグサを臍の上下二ヶ所に載せて線香で火をつける、、、燃え尽きるとまた載せて火をつける、、、段々モグサの塊を大きくしていくのだが、1時間もするとモグサも大きくなってるからトンデモナク熱くてなあ、、、呻き声を出さずには居られなくなるんだ、、、

お灸と云っても一般的なもんじゃなくて 、円錐形に固めたモグサが大きいからとにかくメチャクチャ熱い、、、熱いというか痛いんだ、、、モグサのテッペンに線香で火を付けると円錐の外側が上からジリジリと燃えてきて黒く炭化してゆく、、、だんだん熱くなって火が皮膚に達すると物凄く熱い、、、それから火が円錐の内側に回って円錐の内部が燃えるんだが、、、全体が燃えて白い灰になるまで地獄の熱痛がつづく、、、それを何度も何度も繰り返すんだ、、、いつも午後1:00から3時間くらいかなあ、、、終わるとしばらく横になったままヒジョンの通訳で李先生とよもやま話をして、夕方近くの定宿に帰った。

李先生は俺よりひとつ年上で朝鮮戦争で孤児になり、マニ山の修験者に育てられたそうだ、、、マニ山は今でも修験道の霊山で修験者が何人も住んでいて病気治療をやったり予言したりして生計を立てているらしい、、、まあ日本の恐山みたいなものかなあ、、、李先生も修験者に育てられたので、霊能修行をしたが、祈祷で病を治しても、どうも後からぶり返したり他に何か別な病を発したりして疑問を持つようになったそうだ、、、それで古来のお灸を使うようになったと云ってた。

ヒジョンが夕食を食べる田舎食堂を見つけて、宿に帰る途中毎日そこへ立ち寄った、、、青魚や緑豆モヤシや小麦製品など、陰性の食べ物は禁止されていたので食堂のオヤジにそれらの食材は使わないよう頼んだら「李先生に治療して貰ってるのか?」と問われた、、、それをキッカケにオヤジは李先生があの辺鄙な小島に隠棲している事情を話してくれた。

李先生は以前はカンファー島の街に治療院を開いていたそうだ、、、それで県の保険部長が何かの病気を李先生のお灸で治して貰って非常に感心して、当時韓国の軍人がベトナム戦争で枯葉剤を浴びてたくさんの人が白血病を発症していたので、その患者を連れてきたそうだ。

連れてきた保険部長は不治とされた白血病患者が次々治るので、お灸に夢中になり、県を退職して李先生に習ってお灸治療を始めたそうだ、、、それで県庁の幹部だったから新聞記者にこの話をしたらしい、、、それが記事になって大勢の難病患者が押し寄せる騒動になったとの事で、オヤジは当時の新聞記事の切り抜きを持ち出してきて見せてくれた。

ところでその元保険部長はその騒ぎの途中頓死してしまい、李先生はお灸騒ぎが嫌になってあの小島に隠棲したという事だった、、、

翌日治療が終わってから、李先生に食堂のオヤジから経緯を聴いたと話し、「保険部長はなぜ頓死したのですか?」と尋ねたら、「重病患者にお灸する時は同時に二人はやっちゃダメだと云ってあったんだが、彼は数人寝かせておいて同時にやった」と苦々しい顔で教えてくれた。

そう云えば、俺がお灸を始めて2日目、お灸の熱痛で噴き出る汗を拭き取っていたヒジョンが急に青ざめてきた、、、それで李先生が「ちょっと外に出てなさい」と云うので、ヒジョンが立ち上がろうとしたが腰が抜けたようになって這って玄関まで行った事があったんだ、、、俺は足が痺れたのかと思ったが、李先生の話では大きなお灸をすると患者は周囲から精気を吸い込もうとするので、側に居る者が精気を吸われる事があるそうだ、、、その話を聴いてヒジョンは震え上がり、お灸の間は外で待つようになったんだよハハハ。

ヒジョンの通訳で李先生とは色々話せて面白かった、、、その頃韓国のテレビで連日老子を講義する一風変わった学者の番組があって、俺はその番組をヒジョンの通訳で視聴するのを楽しみにしていた(ヒジョンは韓国語も日本語も語彙が豊富でその点ではホステスさせておくにはもったいないレベルだった)、、、この学者は野人というか飾りのない在野の学者で、日本にも俺が20代の頃、小室直樹という社会学者が現れて、この人は社会学の範疇などには治らない学者だったが、マスコミは変人扱いだったなあ、、、その点では韓国のテレビの方がレベル高いと思ったなあ、、、で、李先生とその番組に関連して道(タオ)についてアレコレ話すのも楽しかった。

お灸は21日間という事だったが、18日目でどうしても日本に行かなければならん用ができて、李先生も「自分でやれる」と云うので急遽帰国した、、、もちろんお灸は自宅で続けたわけだが、最後の21日の午後、お灸を据えていたら胃の裏側の背中の中がねじ切れるような激しい痛みに襲われてね、、、もう痛くて痛くて堪らない、、、ヒジョンは韓国の実家に留まっていたので李先生に連絡するよう頼んだのだが、全く電話が通じないという、、、それまでも傷口が痛む時は蓬を入れた風呂に入ると痛みが和らぐと分かっていたので、、、這って風呂に入ったんだ、、、そうだなあ3,4時間苦しんだかなあ、、、それで痛みはス〜っと消えた。

それから毎日傷口から青い膿がたくさん出てね、、、傷口が塞がるのに2ヶ月かかった、、、病院に行って調べたら肝臓のガンは跡形も無く消えていた。

ユウジ、長い話になったが、これが俺のお灸体験だよ。

ノートルダム寺院

ユウジ、ノートルダム寺院の大聖堂が焼け落ちたと世界中大騒ぎだな、、、ところでひとつ疑問だが、もしイエスがいたら「大聖堂を建て直して欲しい」と云うかなあ、、、何千億円もかけて、、、?

こんな疑問もつのは俺だけかなあ?