開放型ストーブ

年末から1月後半までは驚くほど快晴続きだったが、どうやらその時期も過ぎたようで、1週間ほど前から雨続きの毎日だ。

外仕事ができないので以前から作ってみたいと思っていた囲炉裏フードを作り始めた。と云っても作業はほとんど金属加工なので、発電機の機嫌次第!今朝は始めてすぐストップしてしまったので、iPadや携帯の充電も兼ねてパンTaramundiに来ている。気の長い話だが、半日くらい経つと発電機の機嫌が治るのでねハハハ。

下の写真は俺がナロガに来て間もない頃、クズ鉄屋で大きな鋼半球を見つけた時の写真だ。確かこのブログにも掲載したと思ったが、ユウジ覚えているかい?

肉厚で凄く頑丈なモノで、多分蒸気発生器の一部だな。昔の機械は蒸気圧力を使ったから、それの廃棄品だろう。持って帰って不要部分を切り落とそうとしたが、肉厚のパイプが三重に重ねて溶接してあって(俺が革手袋で握っている部分)俺のサンダーでは歯が立たない、、、それで再びクズ鉄屋に行って、ガスで切断して貰った。こういう仕事は普通面倒臭いのでなかなかやってくれない。手間賃を貰える仕事じゃないし、クズ鉄漁りに来ている連中を相手に、切断したり溶接したりしていると本来の作業ができないからね、、、だからこういう処で要領良く付き合うには、まず支払いを現金払いにして、「領収書は要らない」と云う事だ、、、相手が経営者なら簿外の収入になるから喜ぶし、経営者じゃなく使用人なら小遣い稼ぎに出来るからね、、、後者の場合ウマクすると付き合いが深まれば、非常に協力的になる、、、(良いか悪いかは別として?)

まあ、そういうわけで、此処のフロント番とは少し繋がりが出来たので、面倒臭さがる作業員に口をきいてくれて、こういう無理頼みも出来るワケ!

「面倒臭さいなあ〜」とブツクサ云いながら突起部分を切断する作業員。

日本でもそうだが、クズ鉄屋はクズ鉄を持って行けば誰からも買い取ってくれる、、、その中には盗品もかなりあって、まあ盗品かどうかは買い取り役の目利きだな、、、もちろん盗品だって黙って買い取るんだが、阿吽の呼吸で相手に盗品だと気付いている事をそれとなく知らせ、相場よりも安く買い取るのが腕なんだハハハ、、、まあ言ってみれば泥棒の上前を刎ねてる連中だからなあ、、、その辺を承知で付き合う必要があるなハハハ!どうして俺がクズ鉄業界に詳しいか解るかな?それは前にも話したが、中学生の頃、朝鮮部落に入り浸っていて、、、その部落出身者は後にクズ鉄屋とパチンコ屋、、、それにヤクザに就職した者が多かったからだよ(^◇^)。

で、あの時の鋼半球を加工し始めたワケだが、、、壊れかかった発電機が頼りでは、、、なかなか骨が折れる、、、

ところで話は変わるが、下の写真は朝方(と云っても午前10時だが!)御神木の方を仰ぎ見た時のモノだが、、、雨続きと云っても雲が目まぐるしく行き交いして空全体が雲と霧に覆われて霧雨が降り続いていたかと思うと、このように雲が風で吹き流され、一瞬快晴になったりするんだ、、、それで空に幾筋もの雲の帯があるだろ、、、ジエット機の排気ガスだよユウジ、、、文明の行き詰まりを感じないかユウジ、、、御神木の上の空をあんなに汚して(そうは云っても俺もあのような排気ガスを流してスペインに来たんだが)、、、こんな文明は変えなければ行けないなあユウジ、、、それには己の意識を変えなくちゃなあ、、、

美しい空にこんな酷い落書きして、、、それでも尚「成長戦略」などと云ってるんだから、、、まさに「天に唾する」行為だよなあ、、、。

ナロガに戻り発電機お試したがやはり発電するのはイヤなようだ。それで幸い雨もあがったので、旧台所の解体をやった。

いやあ、建てる時も、解体する時も、ユンボの先に取り付けた足場がホントに役立つよ、、、それに夏ケンが持って来てくれたインパクトレンチ、、、雨が多いからネジ釘が錆びついていているのと、木が水を含んで膨張しているので、なかなか抜けないんだ。俺の持っているレンチでは抜けないんだが、ケンが持って来てくれたヤツは強力で、抜けなくても捩じ切ってしまうから、解体は楽だ!

それに気を利かして一緒に持ってきてくれたピットが大活躍だ。長いから、深く打ち込んだネジの場合でも頭にシッカリ食い込んで釘を回してくれる。こちらのピットは鉄が柔らかくてスグダメになる、、、工具の品質は日本製に勝るモノは無いなあ〜。

西洋社会に来て11年になるが、機械や工具、それに生活全般に関わる色々な製品に工夫が無い事夥しい、、、つくづく日本製品の良さを感じるよ、、、「ナゼ真似しないんだろ?」と、思うが、細かいところに気が回らないという国民性もあるのだろうが、、、俺が想うに、これはやはり根本的に「自己確立」という西洋的哲学と、「自己脱却」という東洋的哲学の違いが影響しているように思うんだ。自己中心的だとどうしても相手の都合は後回しになるからなあ、、、それが作り出す製品にも現れるんだなあ、、、。

 

ピラール婆ちゃんの鍋

昨日ピラール婆ちゃんが取っ手の無い鍋の中に卵を数個入れて持って来た。数日前俺が電気を借りに行って、彼女に家の前で例の壊れた冷蔵庫を金属加工したので、あれを見て「啞樵はステンレスを加工できるみたい。この鍋も治せるかも」と、思ったらしい。

いつも親切にしてくれるピラール婆ちゃんの初めての頼み事なので、俺も張り切って取っ手を付けたよユウジ、、、ステンレスのシッカリした鍋なんだが、元の取っ手は鍋の外側に付いていて、ステンレスだからな鉄を溶接できないのでチョット難しかった。でも元の金具に合うネジを探し出して、取っ手はガスボンベの取っ手がうまい具合に加工出来たので、我ながら上出来だった。

ところが後で考えてみたら、あの取っ手は持ち易くて良いんだが、下からの熱を受ける形なので、ウッカリ素手で持つと火傷すると気がついた、、、それで古い毛糸の靴下(コレ多分カズサの置き土産!)で持ち手部分のカバーを作って持って行ったんだ。今日は日曜日で、娘と孫も来ていたので、「これはガスボンベの取っ手を利用した。」と説明しているところ。

手編みの靴下はシッカリしていて勿体ない気もしたんだが、化学繊維の布は火が付いたら返って危ないしなあ、、、俺はいつも草履や地下足袋だから、足指が分かれていない靴下は履く機会がないんだ、、、それに靴下も使われずに放って置かれるより、毎日良い人の手指を守る仕事をやる方が喜びもあると思ってなあ〜もしカズサの母上が息子を想って編んだモノなら申し訳ないが、ピラール婆ちゃんはモノを大事にするから、靴下もやり甲斐のある場所に再就職したので、まあ勘弁して下さい。

 

流し台

上の写真はポンテヌエべのバルで貰ってきた壊れた業務用冷蔵庫なんだけど、、、

壊れたドアや機器は、全部取り払って、真ん中をくり抜いて流しボックスをはめ込んだ んだ。業務用で天板が厚くシッカリしてるから、良い流し台になったよ!

ステンレスの天板を手動グラインダーで切って防水シーリングを塗り、流しボックスを嵌め込み、上にレンガを積んで一晩重石をしたら、ピッタリくっ付いてウマクいった!

小腹が空いて、富山のお母さん手作りの順氣粒を頂く、、、で、携帯でブログ書いてるうちに、アッと言う間にナロガは暗闇だ。火はありがたいねえ!

ところで俺がこうやって中古品や廃棄品を再生するのは、もちろん節約という事もあるが、その古鉄材や古木材に宿っている意識みたいなモノを感じるのが面白いからなんだ。

この壊れた冷蔵庫も資材店の空き地に捨て置かれていたんだが、写真で見ただけでも改造前と後では、冷蔵庫自体の「ヤル気の無さ」と「ヤル気満々」の雰囲気が、何となく分かるだろ!

実際、手で触って磨いていると、「コイツの意識」というものが、もっと鮮明に伝わってきてなあ、、、これはやった者じゃないと分からない楽しみだな、、、れなり食堂の壁に掛けてきた枯木の置物も、掘り出してきた俺と多分磨いてくれた亮は、今でも木の前に行けば、何か言外に通じ合うモノがあるはずなんだ。人間同士が肝胆相照らすようになるのはなかなか難しいが、木や鉄となら簡単で面白いよハハハ^_^

三角踏み台

連日続いて快晴期もさすがに終わったようで、此処数日は雨続きだ。でも屋根ができたから雨でも作業は楽だ。今、シャワールームを造ってるんだが、屋内作業は天井が低いからハシゴやキャダツは使えない。それで踏み台を使うが四つ脚の踏み台はどうもガタついてウマクない。それで三つ脚の踏み台を作ってみたら、下が多少凸凹でもシッカリ安定して凄く具合が良い、、、これはケンも試してみるといいよ!

其々の異なる世界

今日、トイレのドア造るの面倒だからカーテンで済まそうという事になって、そしたらユウが「あの麻袋を使いましょう」と云う、、、カーテンに麻布を使いたいという提案はユウが常々云っていたが、「麻布」じゃなく「麻袋」と云ったので、俺は不思議に思って「エッ、シーツの麻布じゃないのか?」と聞き返したら、旧台所のドアに張ってあったコーヒー豆の麻袋だと云う 俺は「使えないから見て来いよ!」と云って即却下した。

ユウは納得できないふうだったが、俺は俺で「ナンデ麻袋をカーテン代わりにする発想になるんだろう?」と、不思議だった。

夕方、旧台所から外して転がしてあったドアが目に入り、荒い布地にローマ字が印刷してある布地を見て、「大きさがあれば使うのも面白いかも」と、考えが変わった、、、ところで何故俺が「カーテンに麻袋ナンテトンデモナイ!」と思ったか考えてみたんだ。

俺は中学に入学すると、真っ先に柔道部に入った。まだ乱暴な時代だったからとにかく腕っぷしが強くないとダメだと思っていたからねハハハ、、、ところが入部したその日に練習も何もあったもんじゃない、、、3年生の大男に首を絞められて気絶してしまったんだ!  後で解ったがその大男がキャプテンで、中3なのに高校生どころか街のチンピラも避けて通るほど強く、学校も彼には当たらず障らずで、実際教師も柔道部には顔を出さないくらいだった。

彼は北朝鮮出身で、街の山裾にある通称「朝鮮部落」に住んでいた。まあ今で云えば被差別部落で、その部落に近寄ると豚や鶏を飼っていて凄い悪臭がした。家並みは全て焼けトタンの屋根で、まあユウジ達には想像もできない乞食小屋ばかりだった。その頃、普通の日本人家庭ではニンニクを食べなかったから、彼らのニンニク臭も敬遠される一因だったなあ、、、俺が大男のT君に首を締められて気が遠くなっていった時も、彼の物凄いニンニク口臭にも影響されたと思うよ!

新入部員に整列させ、基本の受身も教えないで「さあ誰でもかかってこい」とは乱暴な話だが、、、俺が気絶したのを見て、新入りの半分は恐れをなしてその日に退部した、、、ハハハ、、、でもその後T君は俺を気に入ったのか随分可愛がってくれて、しょっ中彼の部落に連れて行ってくれた。あの部落は俺にとってはまさに治外法権というか、冒険に満ちた自由世界だった。T君たちは完全に大人社会の一員で、花札博打にも加わって、酒もタバコも当たり前に飲んでいた。しかし義侠心に富んだ男で、大人にも不良連中にも一目置かれた男だった。

秋になるとT君は「俺は朝鮮に帰る。今すぐとはいかないが、俺がひと旗あげたらおまえも北朝鮮に来いよ」と、いったので俺はびっくりした。その後、特に学校で歓送会をするでもなく、ある日忽然と彼はいなくなり、その後約束していた便りもないままに今日に至っている、、、あの義侠心と独立心に富んだ性格では彼の地で生き延びるのは難しかろうと、、、俺も大人になって北朝鮮の国情を知り、時々物寂しく思い出すわけだ。

ところで、その極貧の朝鮮部落でも、とりわけ貧しい家はドアが無くて麻袋がぶら下がっていたんだ。映画でも焼け跡のバラックには大抵ドア代わりに麻袋がぶら下がっていた。何故麻袋かといえば、米国から小麦が麻袋で運ばれてきてどこにでもあったからだ、、、だから俺たちの年代に麻袋は貧乏の象徴のように映るんだよ、、、特に俺にはT君の部落の光景が焼き付いていて、、、それが麻袋をカーテン代わりに使うイメージ→極貧、、、ということになるんだなあ〜。

もちろんユウは年代も離れていて、感性も異なるから、俺の麻袋に対するイメージが判るはずもないし、そもそも感性は異なって当たり前だからなあ、、、実は台所のドアに張るモノが無くて麻袋を張ったのは俺自身だが、いつもあれを見て朝鮮部落を懐かしく思い出してたんだよ、、、今度はトイレに張って、あの頃を思い出すのかな、、、ハハハ。

思い出話しになってしまったが、つまり麻袋ひとつでも、人によって様々な麻袋があり、現に同じ麻袋を見ても異なった意味を持つという事を言いたかったんだ、、、俺たちの認識とは、かくも異なっているんだよユウジ、、、世界を正しく認識しようと思ったら、やはり自他一体の境地に立たなければならないんだなあ、、、ユウジ、精進、精進!

台所完成!

ユウジ、やっと台所が出来上がったよ!頻繁に発電機がストップするから、土間をコンクリート舗装するのに7回も打ち継ぎして、、、でもやれば出来るもんだなあ〜

セメントと砂がまだ混ざっていない状態で何度もコンクリートミキサーが止まってしまうから、、、泣き泣き手で掻き出して一輪車の中で混ぜて、、、さすがに「もう勘弁して、、、」と思ったが、、、放っておけば固まっちゃうから止めるワケにもいかない、、、しかし過ぎてみればそれも達成感を倍増させてくれる要因だった。

この発電機とミキサーには本当に泣かされたが、、、その内たまに長く発電してくれると妙に有難く思うようになってなあ〜ハハハ、、、「物質の根源は意識」という観点から考えると、発電機やミキサーも何キロかの鉄や銅の意識からできているわけだが、この鉄や銅もこんなポンコツになりたくてなったわけじゃなく、心ない人間がいい加減な心でポンコツ機械にしたわけで、、、同じ鉄や銅でも国宝並みの刀や銅器になる仲間もいるのだから、ポンコツに造られた鉄や銅も可哀想と云えば可哀想だ、、、そう考えるとボイコットする気持ちも解らんワケでもなく、むしろ時たま調子よく働いてくれると有難味を感じるようになったワケだよハハハ。

今、Pan Taramundiに来てこのブログを書いている、、、例によって役場の電気申請の手続き待ち、、、ナンデこんなに手間がかかるのかサッパリ判らんが、これがスペイン流だからしょうがない。電気が無いからいつもiPadが電池切れで、ブログ書くのもままならないが、まあいつかは電気も来るだろうから、、、時々こうやって山を下りて充電環境から送ることにするよ。

ところで、こうやってほとんど独り作業していて、会話といえば時折りユウと話すだけの環境に居ると、「会話とは何か?」という事をつくづく考えさせられるよ。

ユウジ、人との会話とは結局「同意の要求」ナンダナア〜。人が他者に言葉を発した時は、必ず無意識の内に「同意」もしくは「賛意」を求めているんだ(少なくとも俺はそうだ)、、だから反対意見を云われたり、明確な同意を示されないと、鼻白んで会話が続かない、、、しかしよくよく考えてみれば、人は其々異なった位置(個性)から外界を見て異なった認識を創っているのだから、他者と全く同意見という状態は有り得ない。もし完全に認識が一致したと思える時は、思い込みによる錯覚だよユウジ。

でも会話は通常、同意、賛意の交換だ、、、何故ならそうしなければ会話が成り立たず、それ故に人は物心ついて以来、他者との会話には「心ならずとも相槌を打つ」という世渡り基本技を身に付ける。ほとんどの人はそれが習い性になっていて、人との会話には相槌がつきものになり、世間には「聴き上手」と云って、相手がモノを言わないうちから相槌を打つ人もいる、、、ハハハ。

そういう「御説御モットモ」タイプの人と話すのは話し手にとって気分が良い、、、ナニシロ自分の思想や思いつき、感想や味覚触覚を相手に全肯定されるワケだからなあ〜でもワカルだろユウジ、こんな会話は何の意味もない、、、本人の錯覚を益々増長させるだけだからなあ、、、しかし反対に話し相手が自身の世界観に鑑みて全て異見を吐いたらどうだろう、、、大抵の人は腹を立てるだろうな(表面には出さずとも)、、、だから人間社会の会話というものは、極論すれば「ウソの付き合い」という事になるんだなあ、、、それに気づいてくると人間嫌いになるなあ、、、こんなにペットを飼う人が増えたのも、無意識のうちに人間嫌いに陥ってる人が増えているからかもなあ、、、。

ところで人と人が内心の異見を隠しながら(無理に相槌を打ちながら)意見の一致を探して飽きもせお喋りを続けるのは何故だと思うユウジ、、、それは他者との一体感を求めているからだと思うんだよユウジ、、、俺は会話している自分の心情を内省してみてそう確信する。つまり心の何処かで「俺の認識は正しい」という確証を求めて喋るんだな、、、しかし、これは滑稽な話だ、何故なら、そもそもこの自己認識そのものが俺固有の位置から見た外界模様であって、云うなれば幻想だからなあ、、、異なった外界模様を見ている相手に自分固有の外界模様を押し付けて同意を求める、、、それで社会儀礼としての賛意同意を得て満足してるんだから、人と人の会話なんて実に空疎なシロモノだ。

こんな事は俺の発見じゃなく、少し内省の進んだ人なら誰でも気づいている事だと思うが、「76億人もの人々が真の同意を得られないにも関わらず、それを求めて毎日毎日お喋りしているのは何故か?」という問題提起と分析を俺は目にした事がない、、、で、無学者の俺が敢えて分析するんだが、それは前述したように他者との一体感を求めての事だと思うんだよユウジ、、、。

人間ナニが幸せと云って、他者との一体感ほど歓びの大きいモノはないよユウジ、、、レナリを育ててみてつくづく教えられたが、最も得やすい一体感は赤ん坊を育てる事だなユウジ、、、手元で育てた赤ん坊なら食べかけのお粥も口に入れられ、ウンチが手に付いても平気なほど一体感が生まれる、、、夫婦家族はその延長だな、、、それが縁遠くなればなるほど薄れていって、国が異なったり信仰が異なったりすると殺し合いさえ平気になるんだ、、、コリャア一体何故だと思うユウジ、、、「全ての存在が原子レベルで交換し合いお互いを支え合って物質的存在を維持している」という事実は、すでに科学的にも証明されている。その事実に照らせば他の事物と自己を切り離して考える思考は事実に反する幻想だという事は自明の理であるのになあ、、、。

チョット話が飛んでしまったが、とにかく人が喋る根本原因は、自他一体の歓びを求めての事だと、俺はそう思うんだよユウジ。

それをもう少し敷衍してみるなら、人間の三大欲望である、食欲、性欲、物欲も分析してみれば自他合一の快感(歓び)だろ、、、食欲は食べたモノ(他)が喉を過ぎて自分の一部となる瞬間に腹を満たされる快感が走るじゃないか。性欲は云うまでもなく他者との肉体的合一だし、物欲だって、手の届かない別々の存在であったモノが、買うなり貰うなり、極端な場合は盗んでさえも自分のモノになった時(それと一体化した時)歓びが湧き上がってくるじゃないか、、、だから人の行動原理は全て「自他一体の境地」言い換えるなら無意識下の「悟り」を求めて彷徨っているのだと思うんだよユウジ、、、ただそれに気づいているかいないかが問題だがね。

ああ、今日は時間があって長話をしてしまったなあ、、、これも無意識下にユウジの賛意を求めての事かなハハハ。

ジリジリ進行中

年末から今まで驚くべき快晴がずっと続いてね、11月いっぱい続いた雨風の日々が噓みたいだ。残念ながらまだ電気が通じず、発電機は動いたり動かなかったりで全くあてにならないが、その不便を補って余りある好天続きだよ。

廃材を再利用するには古釘を、抜くか、切るか、しなきゃならないが、写真をよく見てごらん、釘が角ばってるだろ。これは昔の鍛冶屋が1本づつ金槌で叩いて作った釘だ。現代人には気の遠くなるような作業だが、100年前の機械化以前の工業は全てがそんなペースだったんだなあ、、、手間賃から考えれば釘も相当高価なモノだったと思う、、、多分この鍛造釘を打ち込んだ人も、大切に、慎重に、どうしても必要な箇所だけに使ったんだろうなあ、、、そう思うといくら錆びていても捨てる気になれず、サンダーで切るのは簡単だが、やはり手間はかかっても抜き置くことになる。

発電機は全く動かないわけではなく、エンジンは快調にかかるんだが、発電したりしなかったりして、その原因がサッパリ判らない、、、だから発電機のご機嫌次第、、、ミキサーを廻し始めても途中で止まってしまうんだ。それで作業は発電機の機嫌に合わせ、発電してる間はモルタルを使う作業をして、止まったら他の作業に切り替えるようにしている。

ナロガに来たのは去年の4月半ばだからもう9カ月になる、、、このぶんだと電気無しの生活を1年近く送ることになるなあ、、、電動工具を使えず苛立って「何故こうも邪魔が入るのか?」とヤケになった事もあるが、出来事は真の自分が呼び寄せているという原則に照らせば、この状況が俺にとって必要な試練であることは確かで、、、それで電気を待ち焦がれる事はやめて、この状況の中で楽しくやれる道を探してるんだ。

発電しなくなると他の作業をするわけだが、電気を使わない作業も沢山あって、突然中断するから作業を再考する事になり、その時、気付かなかった欠点を見つけたり、別のアイデアが浮かんだりするから、それはそれで有難いと思えるようになったよ。

恥ずかしながら未熟な俺は、現実が幻想だと頭ではそう考えても、まだまだ出来事に揺さぶられて感情に流されてしまう。それでナロガの日々がそれを乗り越える為の適所だという事だけは肝に銘じようと思ってる。俺のように感情に流され易く、又、それを周囲にぶつけてしまい易い人間が、感念と闘おうとする場所としてナロガほど適した場所は無いからなあ、、、だって他に人が居ないから苛立ちをブツけようが無い、、、他者と云えばピラール夫婦だけ、、、彼らは言葉の通じない好情の人だから、いくら俺でも彼らに鬱憤を向ける事にはならない、、、たった1人の被害者はユウだが、、、まあそれは因縁と諦めて貰って、、、ハハハ。

母屋の建設はずっと中断してしまったが、仮屋の台所や作業場も、将来共に必要だし、今後訪問者が泊まる場合にも使えるから、ある程度しっかりしたモノにしようと思ってる。ジリジリとだが台所も少しづつ出来上がってるよ。

見ての通り、途中でミキサーが止まるから、土間コンもツギハギだが、、、ナニ、仮屋だから多少ツギハギでも雨風を凌げれば充分だよなユウジ。下手くそなブロック積み、、、ケンが見たら笑うだろうが、これのモルタルは手作業で混ぜていて、ブロックを積む頃にはヘトヘトなんで大目に見てくれハハハ!

どんな出来事にも動揺せず、全てに感謝して生きれるようになったら、こんな俺でも天にいけるかなあ、、、天がこの地のこの環境を与えて下さった理由を、俺はそんなふうに受け止めているんだ。

今日は本当に久し振りの小雨模様で、ユウが役場に電気申請の交渉に行ってるので、俺は下のPanTaramundiでこのブログを書いている。

ところで、俺が此処で曲がりなりにも建設作業を進められるのはナントいってもユンボがあるおかげだ、、、このユンボは義弟の寄贈によるモノだが、ホントにコイツが居なかったらこの荒地には手も足も出ないよ。

今日タップリ時間があるから、チョット俺の可愛い相棒を紹介するわ。

まず基本的な掘削作業、岩山を崩したり掘り上げたり、均して土地造成。

配管用の溝を掘ったり

重量物の牽引だろ

夜間照明だって自由な地点をてらせるし

自由な地点に足場を置く事もできる。

狭い場所に一輪車2杯分の土砂を運び入れることもできるよ!

重いモノも吊り上げて運べる!

引き寄せて吊れば、ギリギリ1,5トンくらいまでは持ち上げるからね。

トレーラーを連結して細かいモノの運搬もできる!

大小の石混じりの土石を篩うのもユンボで、、、これを手作業でやるのは、、、現代人には不可能だよ!

その他、台所が吹き飛びそうになった時はユンボで支えて全壊を免れたし、車がスリップした時も楽々牽引、、、車でiPadの充電してるが、バッテリーがあがった時はユンボの強力バッテリーですぐ再始動できる。柱を建てる時は、アームで一点固定できるから、独りで建前もできる。イバラの生い茂った斜面にもグイグイ入っていって道を開ける!曲がった鉄材も排土板やアームの油圧力で伸ばし事もできる。

使い方は工夫次第でいくらでもあるんだ。ユンボが居てくれるから独りでも相当な作業をこなせるんだよ。

このユンボを購入したのは、これの使い方を1人の若者に教え込んで一人前にしようと目論んだ結果だが、、、若者の気持ちが乗らなくてなあ、、、やはり喉が渇いていない牛に水を呑ませる事は出来ない、、、一時は俺も後継者を育てたいと思ったが、まだそれだけの徳がないと解ったよ、、、まずは自分の精進だな、このユンボを相棒にな、、、ははは。

さて役場の方も協力的で、市長が電気会社に一言口添えしてくれるというから、この辺でナロガに戻るわ。

正月

俺の田舎では、10歳ころまで旧暦の正月を祝っていたものだが、いつの間にか西洋式に新暦が当たり前になったなあ、、、だから昨日は正月ということになるわけだが、、、電気も通じないし発電機も故障だから、、、ナロガは旧暦で正月を迎えることにして、俺は大晦日も正月も台所作りを続けてる。

ところで暴風が去った後、こっちはずっと上天気が続いてなあ〜11月の荒天続きが嘘みたいだ、、、

御神木も朝日を浴びて気持良さそうだ。

元旦の朝はお雑煮も戴いて一応正月の朝を迎えたんだが、陽射しの当たる外の方が暖かいので、午前の食事は外で食べた、、、雲ひとつない快晴だろ、これがずっと続いていて、予報でもこの先ずっと好天続きらしい、、、電気が無くても風が吹かなくて暖かいのがありがたいよホントに!

ところで話が飛ぶが、クリスマス前に湯タンポの袋を縫っていて、ふと思いついてレナリ用にオンブ紐を縫ったんだよ、、、以前レナリが人形をオンブして出かけようとする動画が送られてきて、それがスカーフみたいなモノで人形をオンブするからずり落ちて上手くいかないふうだったのだ。それで一静が置いて行った赤いエプロンを使ってレナリが人形をオンブ出来るような、小さいオンブ紐を作ったわけだ。

で、それをクリスマスプレゼントに送ったわけだが、今日になって北海道からこんな動画が送られてきてなあ、、、俺は人形をオンブしたレナリの写真か動画が送られてくるものと思っていたのだが、、、腹を抱えて笑ったよ!

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