種蒔き

今日は種蒔き、高菜と大根2種類だ。高菜の種はイッパイあるが、大根の種はほんの少しだ。おろし蕎麦用のは40粒しかない。貴重な在来種なので高いが、今一般的に売られている種とは異なり、種を採取して来年も播くことができるからね。

ここで毎年取れた種で栽培してゆくと、この土地に合った大根に変わっていくんだ。

しかし、いつの間にか種取り出来ない野菜ばかりの社会に変えられて、、、大企業の陰謀に騙されて、、、衆愚というかなんと言うか、、、

一晩御神木に抱かれた種。水を切りフルイにかけた細かい土と混ぜる。

それを開墾した畑に蒔いて、レーキで土をかけ、水を撒いて完了。

と書くと簡単そうだけど、畝立てしなかったので、後で歩く場所がわからなくなる。それで2メートル置きに杭を打って紐を張り、それに沿って50センチくらい道になる場所を設定した。

杭になる棒が無くてそれを作ったり。レーキが無いので麓のタラムンディの金物屋に行ったり。レーキがあるにはあったが柄が付いてなくて、それを作ったり。例によってレーキの幅が大きすぎるので、爪を両側2本切り落として使い易くしたり。蛇口からホースを伸ばしたり、、、で、結局1日かかっちゃったよ。

昨日荷物を整理してたらイカの塩辛とラッキョウの酢漬けが出てきて、これでご飯たべたら旨かった

独りだと料理するのが面倒でなあ、、、これだとナンにも作らなくていいから楽チンだ。それで台所も整理したら、人参がクタバリかかった爺さんみたいに黒い斑点が出て酷い事になってる!使い残したタマネギも切り口が変色してカビが生えてた。それにシワシワの生姜、、、捨てようと思ったが捨てきれず、とりあえず人参は皮を剥いてみたらほんのり甘い匂いがしてイイ感じなんだ。それでタマネギも使えそうなところを櫛形に切って、生姜は腐ってないで干からびた状態だったので、洗って皮ごと微塵切り。

それを全部先日漬物にしたキャベツの中に入れたんだが、これがなかなか美味しくてなあ、、、ユウジ、タマネギの浅漬けなんて食べた事ないだろ。俺も初めてだが、なかなかオツなもんだよ!

そうそう、ニンニクを刻んで入れたんだが、それがよかったかなあ、、、人参の前はキュウリを入れて、それはすぐ漬かるからあくる日食べちゃったが、なんでも次々入れるからなかなか減らなくて独りじゃ食べきれないなあ、、、。

高菜(野沢菜)ができたら、あれも何か新しい漬け方やってみようと楽しみだ。

芽を出すのが待ち遠しいよ。

大根

日本から運んでもらった荷物を整理していたら、大根と高菜のタネが出てきた。

西洋には大根が無くてなあ、、、白菜はたまに小さなヤツが売っているが、それも味はイマイチなんだ。大根と白菜は日本人にとっては必須野菜だからね。

播種時期が過ぎているので、今日は崖上の斜面を大急ぎで開墾した。

見ての通り、ワラビとイバラがビッシリ茂っていて、人が歩けるもんじゃない。ユンボを乗り入れて根っこごと毟り取る。ワラビはすごい根っこだよ。親指くらいの太さの根っこが地中に網を張ったように伸びていて、たった一本でも人力では到底抜き取れない。

ユンボ様様だよ!

朝からかかって、午後3時頃には

200坪くらいの畑ができた。斜面そのままだし、水はけも良い土地なので、畝を作らずそのまま播種するつもり。

タネを清水に浸けて貊石も入れた。貊石とは水を浄化してくれる素敵な石だ。スペイン南部で天に教えられて採取してきたモノだよ。

数年前、寺の関係で頼まれ、モンゴルに行って孤児院の畑作った時も、水が悪いと聴いたので、貊石を持って行って、タネを撒く前日、水の中に入れたんだ。後で畑が青々と茂った写真が送られてきたので、効果あったなあと思った。

しかし、あの時は純真な子供たちが蒔いたんだが、今度は俺1人で蒔くのでちょっと心許ない、、、で、御神木に助力願う事にした、、、

このところ石積みでずっと近くでガタガタやってるから、腹立てていないと良いが、、、。家が完成したら、コンクリートを剥がして柔らかい黒土で木の周りを覆って大事にするからとは言い聞かせているんだが、畑とはいえ、自然から見れば破壊だからなあ、、、。

早く終わったので、ホースを買いに車で30分のビバデオという街まで行ってきた。その街のスーパーに寄ったら「YAKISOBA」と書いたインスタント麺があったので一個買ってきた。

この前ケン達が日本のインスタント焼きそばを持ってきてくれたのだが、着いたその日に、料理するのが面倒で、みんなで食べちゃった。それが旨くてなあ!インスタントがあんなに旨いとは思わなかった。それで思わず手が出たのだが失敗だった、、、8時にナロガに戻って夕食代わりにこれを食べたのだが、マズイ!捨てるわけにもいかず、どうしようと思って棚を見上げたら、富山のお母さんの順氣粒が目に入ってなあ〜、それを振りかけたら俄然旨くなったんだよ!ホントに梅干しといい、順氣粒といい、お母さんありがとう!

 

 

アーチ石積み

昨日からアーチ部分の石積みに取り掛かったのだが、石を固定させる小型の木槌を作ったり、コンクリートミキサーが、土とセメントをいれて回転させると、ドラムの中に材料がへばり付いてうまく混合してくれないので、ドラムの傾きを調節する部分を加工したりして1日が過ぎてしまった。

それで今日はミキサーと材料や水を入れた半切りドラム缶などを作業し易いよう配置し直し、ミキサーが回転してもブレないよう、足元を土石で固めて、用意万端で石積みを始めた。

アーチが湾曲始める部分は2,5メートルの高さからなので、そこまで石を抱えてハシゴを登るのは無理だった。それでパレットに石を10個くらい載せて、それを石壁の際にユンボで吊り上げることにした。

ところがやってみると、宙吊り状態のパレットから、石を取るのがひどく厄介でなあ、、、石壁の上に片足、パレットの上にもう片足おいて、石を持ち上げようとすると、石壁とパレットの間がジリジリ開いて、、、石を抱えたまま股裂き状態になってなあ、、、それでしょうがないから石壁の上に膝をついて、中腰で上半身を乗り出して重い石を持ち上げるんだが、これがキツイんだわ〜!誰かもう1人いて、ちょっとパレットを押してくれれば簡単に降ろせるんだが、今日ほど相棒が欲しいと思った日はないよ、ハハハ。

今日1日はこれだけ詰んで腰がギシギシでギブアップしたが、でも期限があるわけでもナシ、僅かでもジリジリ積み上がっていくのは楽しみでもあるなあ〜

アーチの部分は相当荷重がかかるから、セメントの配合を強くしたよ。ユウジ此処に来たら安心してアーチ下から御神木を拝んでくれ!

挨拶

今7時半だが、外はやっと薄明るくなってきた。段々夜明けが遅くなってくる。

ケン達がいる間はほとんど雨が降らず助かったが、昨夜は夜中から風雨、、、テントがバタつくので、台所で暖をとっている。

俺は慣れたが、子供達はこの電気のない生活、さぞカルチャーショックだったろうなあ、、、ハハハ。

ところで12歳のD君、2週間一緒にいると俺も段々可愛くなってきてなあ、、、俺の癖かも知れないが、そうなると放っておけず色々干渉してしまう。

この子は今時珍しく朴訥で純真なところがあってなあ、、、ところが困った事に挨拶が出来ないんだ。朝、顔を合わせても「おはよう」が言えない。この子はクラスでも人気があるらしく、サッカークラブでもキャプテンを務めているというから不思議に思って「学校では挨拶しないのか?」と尋ねたら、「学校では挨拶します」という。「ここではしないのに学校ではどうして挨拶するのだ?」と聞いたら、「規則だから」と言うのだ!

ユウジ、これは大きな問題だなあ、、、そもそも挨拶というものは相手に対する尊敬の念の表現だろ。「おはようございます」は、「早くからご苦労様です」という尊敬と労いの発露だよ、、、それがいつの間にか「規則」になってしまったんだなあ、、、マニュアル化したんだなあ、、、ファミレスの店員マニュアルと一緒になってしまって、日本中の子供達はファミレスやコンビニ店員と一緒で、マニュアルとしての挨拶をしているわけだ、、、。

俺は最初「此処に居る間にこの子を挨拶出来る子にしよう」と思ったのだ。それは簡単で、蚊の鳴くような声で挨拶したら、大声を出すまで何回でも繰り返させればいい。親を差し置いてと思うかも知れないが、こういう事は親じゃない者の方が効果があるのだ。どうにも甘えも抵抗もできない強い大人が側に付いて矯正すれば1週間もすればすぐ身につく。

しかし、俺は「規則だから」という言葉を聞いて、それをする気が無くなった。子供をこんなふうに縛ってしまう俺自身も含めた社会というものの在り方がつくづく嫌になったよ。

規則、規則、規則、、、それが大人を阿呆ばかりにしてしまった、、、自分だけが可愛くて、上から下まで「今だけ、金だけ、自分だけ」なんだからなあ、、、でもその結果は必ずその大切な自分に降りかかってくるんだが、、、。

俺が挨拶を強制しなかったのは、この子には天性の真心があるから、そのうち自らの意志で相手に対する尊敬と労いの言葉が挨拶として自然に出てくると思ったからだ。それなら規則の無い自由な環境では、むしろ規則としての挨拶なんかさせない方が良いと思ったのだ。

ユウジ、これはむしろ大人においてもっと大きな問題だよ。最近成人した若者が子供社会とは逆に、妙に挨拶を多発する者が増えている。照れもせず、ハニカミもせず、「有難うございます」「済みません」を口癖のように連発するのだ。俺は心にこもらないそれがイヤで、周囲の若者には「男ならありがとうすみませんは口にするな!そもそも有難うの意味はあり得ないほどの恩を受けましたで、済みませんはお返しができませんという情けない言い訳だ。恩を受けたなら、ひと言の挨拶でゴマかすな!男なら黙って受け取り、頑張ってお返ししろ!」と叱るのだ。

ユウジ、多分規則で(損得で)挨拶を教えたから、チャべチャべとありがとうございますを連発する大人が増えたんだろうな、、、こういうヤツに限って自分の得にならないと見るや、恩も義理も放り捨てて、挨拶もしないで去っていくんだ。

しかしこういう風潮を作ったのは俺たち世代だから、怒ってばかりはいられないんだがなハハハ、、、さて風雨も静まってきたから石積み始めるわ。

再びの独り暮らし

今日は起床時から腰痛、、、原因は判っている、調子に乗って旨いモノを食べ続けたからだ!

で、今日は梅干し入り白粥で、大人しく過ごすことにした。白御飯に梅干しの種数個を入れて火にかける。

エッ、こんなに入れるの!と驚くかも知れないが、これは種で果肉は付いていない。。富山のお母さんが数年前送ってくれたモノで、梅干しを乾燥させ、果肉部分は粉末にして、種の部分はそのままで、長期保存用にしたモノなんだ。スコットランド以来、これには何度も助けられたよ。

煮える間にキャベツの漬物作り。

買い込んだ野菜でキャベツだけが一個残っていて、忙しくて漬物を作ろうとしていて出来なかった んだ。10日以上経っていたので、処〃腐りが入ってしまった、、、切り分けて遅まきながら漬物にする。

あの子達が名古屋空港に着いたようだ

こんなに距離が離れていても瞬時に連絡が取り合える時代の到来をユウジはどう考える?

俺は時間と空間が我々が感じているようなモノではない事を、人々が知る時がやって来たように思うのだが、、、。

 

 

帰国

忙しくも楽しい2週間はアッと言う間に過ぎ去りケン達が帰った。

昨日はマドリード街中のホテルに泊まり、マドリード観光という段取りだったが、さすがに俺は疲れてホテルで昼寝。彼らは元気に市場見学。夜は全員で夕食。最後の夜とて俺も久しぶりに痛飲した。

ケン達は元気一杯、夕食後も街を散策、、、俺はいささか酔って再びホテルで爆睡、、、さすがに早朝目が覚めて、朝のマドリードの下町を散歩した。

歩道にも車道にも飲み散らかした空きカンが散乱、、、道の両側には車がビッシリ駐車して、、、ユウジ、人はなぜこんなに密集して、汚い街をつくるんだろうなあ、、、

そう思いながら上の写真を撮って、ふと向かいを見るとこの看板が目に飛び込んできた!

どうもディスコのビルの看板らしいのだが、、、ユウジ、なるほどと思わないか、、、人はもう半分ケモノなんだなあ!

 

土産の果物は当日の朝買うつもりが、ウッカリしていて今日は日曜日、どんな大きなマーケットも休みなんだスペインは!

しかしシッカリ者の宗久がすぐ近くの小さなマーケットが日曜でも開店していることを調べ上げ、ギリギリセーフ。アシの速い果物やチーズも確保できた!

スッカリ運転慣れした宗久のハンドルさばきでスイスイ20分で空港到着。名残惜しくも息子と孫2人を降ろして、俺はナロガに戻ってきた。

さて明日からまた独り仕事だ。

でも嬉しいじゃないかユウジ、十数時間もかかる飛行機に乗って、この子達は俺を助けにきてくれたんだ。独りでテントに入ったら、掃除もしてくれて俺の布団も作ってあって、彼方此方に彼らの心尽くしが見えてなあ、、、よしヤルゾと老骨の奮起がジワジワ湧いてくるよ!

アーチ型枠完成

半日でアーチの型枠が完成!と言っても作ったのはケンと宗久。

俺はカマドの蓋作り、、、寸胴を炎が包むように作ったのは成功で、朝、火をつけるとみんなが洗顔している間に50リットルのお湯が沸騰する。もったいないので、蓋を作って真ん中に蒸気穴を開け、セイロが置けるようにした。セイロを買ってきて、元精飯や野菜蒸しなどやってみるつもり。

独りだととてもここまで手が回らないが、彼らが来てくれたおかげで、洗濯場や外流しも作れて随分暮らしよくなったよ。

空港出発は明後日だが、マドリードまでが長距離なので、此処を発つのは明朝だ。作業に追われてほとんど遊びに連れて行けなかったので、明日午後はマドリード観光だ。チョット良いホテルをとって、ゆっくりスペインの夜を楽しませるつもり。

アッと云う間の2週間

アッと言う間に時が過ぎてケン達が帰る日が近づいて来た。それまでにアーチ部分の型枠だけでも完成させたいと、今日は全員頑張った。

小6のD君も、やり残していた岩削りをなんとか完成。何と言ってもまだ12歳だからなあ、よく頑張ったよ。

ここは岩壁の下が出っ張っていて凄く使い辛かったのだが、平らになってグッと作業し易くなったよ。D君も達成感を感じただろうが、教える俺もホッとひと息。

建屋の方も、アーチを組み上げる型枠が明日午前中には仕上げられるだろう。

3メートル×3メートルの大きな一枚ガラスをはめ込んで、室内から御神木をあおげるようにするつもり、、、なにしろ木材が無いので苦労するよ!ボロボロの廃材を使って組み上げている。

アップして見ればどんな材木使ってるか判るだろ、全部寸法が違うんだから、ハハハ。ユウジ、この骨組みの上に3トンほどの岩石を積み上げるわけだが、セメントが固まる前にこの下に座る勇気はあるかい?俺は嫌だな、ハハハ。

若者の海外体験

ユウジ、以前「人は、其々の異なった知識と経験で創り上げた独自の位置から、其々独自の世界を見ている。という話をしたよな。

それは同じ空間に存在しながら、異なった立ち位置にいるからそうなる。それは上下左右無数に浮かぶ固定されたガラス玉のひとつに閉じ籠った人々が、円錐体を見て「あれは三角だ、やれ円だ、やれ涙型だ!」と言い争うのに似ている。この人達は動いた事がないから立体物を知らない。モノを輪郭で平面的にしか見た事がないから、自分が立体世界に住みながら平面世界しか知らないのだ。

円錐体を円錐体として認識する為には、このガラス玉から飛び出す必要がある。しかしほとんどの人は怖くてこのガラス玉を破ることができない、、、俺は今回俺を訪ねて来た2人の少年を見ていて、やはり若者は海外に出る事がこのガラス玉にヒビを入れる良い方法だと確信したよ。(ただの観光旅行ではダメだがね。)   成人してしまうと難しいが、若いうちはまだガラスの壁が薄いからなあ。

ピラールお婆さんに、通じようと通じまいと一向構わず話しかけれて、最初は困っていたが、そのうち言葉は通じなくとも、好意は伝わると知って、子供達だけで遊びに行くようになった。

昨日から年少のD君に、作業小屋の岩壁を削岩機で削らせている。岩壁の下部が出っぱっていて邪魔だからだ。大人がやっと持ち上げる重たい削岩機は、振動が激しく、大人でもこれを使うのは相当な重労働だ。

多分今の日本社会では、小6の少年にこんな作業をさせるなんて虐待だと言う者がほとんどだろうな、、、でも可愛さ余って頭ひとつハタかずに育てて、思春期になって引き篭もる子供の現状を見ろよ、悲惨じゃないか。あれこそが虐待じゃないか、、、俺はどんな小さな子供でも、仕事をさせる時は、実際役に立つだけの作業をやらせる。もちろん子供だから最初は好奇心に駆られてやり出すが、すぐ飽きてくる。それが単純作業だったり重労働だったるすれば逃げ出そうとする。しかし、そんな時は叱って続けさせなきゃダメだ。その辛さを知らないまま成人するとロクな大人にならないのだ。

この子の父親は、隣で石畳みの洗濯ハウスを1日で建ててくれた!この子はその隣で岩壁に挑戦したが2日かかっても岩削り作業を終われせる事ができなかった。口で言わずとも父親の力量をヒシヒシと感じたはずだ。

俺は明日もこの子に削岩機を持たせるつもりだ。一度手を付けた仕事は終わるまでやらせなきゃダメなんだよ。ユウジ、愛と執着を混同するなよ。焚き火ひとつ出来ない、戸棚ひとつ満足に作れない、、、そんな若者は露頭に迷う世の中が来るからな、、、。

楽しいことも苦労があってこその味わいだよ。

到着

空港にケン達が到着!

そこからまた6時間(560キロ)のドライブだ

宗久は免許取ったばかりだが安定した運転ぶりで、安心して任せられる。

翌日の朝食はタラムンディのパン屋で。

彼らが来たから薪作りもアッと言う間に片付いて、夕方ピラールお婆さんに挨拶。

例によって、こっちが解ろうと解るまいと関係なく一方的に喋り捲る、、、明日コーヒー呑みに来いと言ってる事だけは判った。