梁材切り出し

東側の地境まで斜面を横切って林道を造る、、、70メートルくらいかなあ、、、聖堂の梁材を切り出す為だ。

聖堂の内寸は、縦9メートル×横6、2なので、横に渡す梁材は少なくとも7メートルは必要なんだ、、、地境がハッキリしないが松林の中に古い鉄条網が残っていて、その手前は多分当方の敷地と思う、、、直径40センチ、長さ7メートルの丸太となるとかなり大木でね、、、独りで運び出せたのはユンボのおかげだよ。

爪の先端に鋼板を付けて松の皮剥き、、、黒松だから皮が厚くてとても人力じゃ剥がせない。

lあらかた剥いた、、、後は少し乾かしてグラインダーで磨く。

今日は久し振りに熱いシャワーでゴシゴシ身体を洗えた!

先日型枠の下敷になった時、背中を切ってそれがなかなか治らなくてね、、、手が届く処の傷にはモグサで手当てしたから早く治ったが、背中はどうしようもない、、、新陳代謝が遅くなってるのかなあ

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団塊世代の仲間たちへ

欲望の本質

人間の三大欲望、食欲、性欲、物欲について考察して見ましょう。この3つの欲望の共通点は、それが成就した瞬間快感が走る事です。

三大欲望が成就する瞬間の状態をよく振り返ってみて下さい。

食欲が満たされる瞬間、そは「自己」とは切り離されていた「他者」である食べ物が、喉を通って自己と一体化すると快感が走ります。

性欲が満たされる瞬間、それまで自己とは切り離された存在であった異性と交わり一体化する瞬間、快感が走ります。

物欲が成就する瞬間も全く同じです。欲しかったお金やモノが手に入った瞬間、つまり自己とは切り離されていたお金やモノが自分と一体化した瞬間快感。

以上の事を考察いたしますと、我々がいつも追い立てられている欲望の本質とは「自己と他者の一体化」だという事が見えてきます。

物欲は無いにしても明らかに動物には性欲が有りますし、植物や微生物にも絶えずエサや養分を求める本能が見て取れます。このような視点で生命活動を観察すれば、人間のみならず全ての生命活動は「自他一体」の快感を求める活動だと云っても過言ではないでしょう。

仏教や道教では悟りの境地を「自他一体」などと表現いたしますが、生命活動そのものが自他一体を目指す活動ですから、生きとし生けるものものは全て悟りを求める求道者という事になりますね。

これは宗教やイデオロギーとは全く関係ありません。むしろ科学的事実だと云っても良いでしょう。人間だけじゃなく、動物も草も木も悟りを求めて生きているなんて凄いと思いませんか皆さん。