挨拶

今7時半だが、外はやっと薄明るくなってきた。段々夜明けが遅くなってくる。

ケン達がいる間はほとんど雨が降らず助かったが、昨夜は夜中から風雨、、、テントがバタつくので、台所で暖をとっている。

俺は慣れたが、子供達はこの電気のない生活、さぞカルチャーショックだったろうなあ、、、ハハハ。

ところで12歳のD君、2週間一緒にいると俺も段々可愛くなってきてなあ、、、俺の癖かも知れないが、そうなると放っておけず色々干渉してしまう。

この子は今時珍しく朴訥で純真なところがあってなあ、、、ところが困った事に挨拶が出来ないんだ。朝、顔を合わせても「おはよう」が言えない。この子はクラスでも人気があるらしく、サッカークラブでもキャプテンを務めているというから不思議に思って「学校では挨拶しないのか?」と尋ねたら、「学校では挨拶します」という。「ここではしないのに学校ではどうして挨拶するのだ?」と聞いたら、「規則だから」と言うのだ!

ユウジ、これは大きな問題だなあ、、、そもそも挨拶というものは相手に対する尊敬の念の表現だろ。「おはようございます」は、「早くからご苦労様です」という尊敬と労いの発露だよ、、、それがいつの間にか「規則」になってしまったんだなあ、、、マニュアル化したんだなあ、、、ファミレスの店員マニュアルと一緒になってしまって、日本中の子供達はファミレスやコンビニ店員と一緒で、マニュアルとしての挨拶をしているわけだ、、、。

俺は最初「此処に居る間にこの子を挨拶出来る子にしよう」と思ったのだ。それは簡単で、蚊の鳴くような声で挨拶したら、大声を出すまで何回でも繰り返させればいい。親を差し置いてと思うかも知れないが、こういう事は親じゃない者の方が効果があるのだ。どうにも甘えも抵抗もできない強い大人が側に付いて矯正すれば1週間もすればすぐ身につく。

しかし、俺は「規則だから」という言葉を聞いて、それをする気が無くなった。子供をこんなふうに縛ってしまう俺自身も含めた社会というものの在り方がつくづく嫌になったよ。

規則、規則、規則、、、それが大人を阿呆ばかりにしてしまった、、、自分だけが可愛くて、上から下まで「今だけ、金だけ、自分だけ」なんだからなあ、、、でもその結果は必ずその大切な自分に降りかかってくるんだが、、、。

俺が挨拶を強制しなかったのは、この子には天性の真心があるから、そのうち自らの意志で相手に対する尊敬と労いの言葉が挨拶として自然に出てくると思ったからだ。それなら規則の無い自由な環境では、むしろ規則としての挨拶なんかさせない方が良いと思ったのだ。

ユウジ、これはむしろ大人においてもっと大きな問題だよ。最近成人した若者が子供社会とは逆に、妙に挨拶を多発する者が増えている。照れもせず、ハニカミもせず、「有難うございます」「済みません」を口癖のように連発するのだ。俺は心にこもらないそれがイヤで、周囲の若者には「男ならありがとうすみませんは口にするな!そもそも有難うの意味はあり得ないほどの恩を受けましたで、済みませんはお返しができませんという情けない言い訳だ。恩を受けたなら、ひと言の挨拶でゴマかすな!男なら黙って受け取り、頑張ってお返ししろ!」と叱るのだ。

ユウジ、多分規則で(損得で)挨拶を教えたから、チャべチャべとありがとうございますを連発する大人が増えたんだろうな、、、こういうヤツに限って自分の得にならないと見るや、恩も義理も放り捨てて、挨拶もしないで去っていくんだ。

しかしこういう風潮を作ったのは俺たち世代だから、怒ってばかりはいられないんだがなハハハ、、、さて風雨も静まってきたから石積み始めるわ。

コメントを残す