コロナ騒動

コロナ騒動でスペイン全土も外出禁止!ここナロガは元々隔離状態の村だからドオって事ないんだけどね、、、

でもユウジ変だと思わないか、、念の為これまでの伝染病の被害状況をネットで調べてみたんだが、比較にならないくらいコロナウィルスでの被害は少ないんだよ、、、もちろん伝染病だから今後も拡大していくという恐れはあるだろうが、その点を考慮したとしても、世界各国が外出禁止令を出すは、、、それも異常に早いじゃないか?

まさに恐慌状態なんだが、、、ちなみに人類は毎年6700万人程度死亡するらしいが、死亡原因から考察するとコロナウィルスがどんなに蔓延したとしても、その確率は率として計算し難いほど小さいんだ、、、人類全体を足止めするほどの重大事だとは考え難いじゃないか?

それで何が起きてるかと冷静に眺めれば、とにかく各国政府は金を刷りまくって国民に配り始めている、、、世界中がだぞユウジ、、、何か意図的に思わないかユウジ、、、コリャアこれまでの社会体制をひっくり返す出来事になると思うよ。

ひょっとしたらドル基軸通貨体制から、世界統一の通貨発行へと変える意思が働いてるような気がするなあ、、、世界中のマスコミがコロナ、コロナと叫び回ってるのも奇妙な感じだろ?

まあ、誰が何を意図して経済封鎖と貨幣の大量発行を演出してるか知らないが、人類存在の意味を考えるレベルの人々じゃない事は確かだな、、、俺は個人に起こる出来事も、人類全体に起きる出来事も、全ての出来事は「存在の意味」を考える為の試問だと思ってる、、、愚民はコロナウィルスによる『死』に怯えてパニックに陥ってるが、それを心配するなら交通事故や癌や成人病は100倍も心配しなきゃなあハハハ、、、まさに「杞憂」だよ。

馬鹿みたいに心配しなくても『死』は必ずやってくるんだから、コロナ騒ぎをきっかけに『死』とは何かを考える人が出てきて欲しいもんだな、、、それを知る場所がナロガだよユウジ、、、俺はこの場所を創ることがドンドン楽しくなってきてるんだ。

屋根石で奮闘

屋根の石板を打ち付けていくには石板に釘穴を開けていく必要がある、、、資材屋のオヤジは「石槌で叩いて開ければ良い」と云うのでやってみたが、開くことは開くんだが、穴の周りにヒビが入ってどうもウマクナイ、、、それで硬質ドリル刃をアマゾンで注文した。

明日届くので、既に開けてしまった石板だけ貼っていこうと屋根に登ったが、今日はまだ雪が残っていて危ない、、、石切りの作業はいくらでもあるんだが、なにしろホコリが凄くていくらマスクをしていてもあの作業を1ヶ月もやったらコロナウィルスにやられる前に粉塵でやられちゃうと思って、この作業も扇風機が届くまでお預けだ、、、もうやる事が無いから今日はブログ書くワ!

さて、前項で書き掛けた人々の交流禁止状態とネットでの自由な情報交換だけど、この状態は人間の意識と肉体の関係とよく似ていると思わないかユウジ。

前にも話したが、人間の意識は肉体がどんな拘束状態にあっても自由に動き回る、、、俺は最近しきりにその事を想うんだユウジ、、、肉体に宿って時間と空間という制約の世界で蠢いている我々は、ハナからここの状態が当たり前の状態だと思い込んでいて、時間と空間という制約世界を唯一無二の世界と信じているが、、、俺はそれがどうも「トンデモナイ思い込み」じゃないかと思うんだよ。

話が飛ぶが般若心経の中に「照見五蘊度一切苦厄」という節がある、、、般若心経については学者や小説家がたくさん解説本を書いているが、どれも心底納得できるモノは無かった、、、俺が読んだ中で唯一真相に迫っていると思ったのは「マンガで読む般若心経」というマンガの小本で、ナントいう漫画家だったか忘れたがその人が力説していたのは「重要なのは最後のマントラで、これを息が続く限り長く細く伸ばして発声する事で、それによって無の境地に近づくことだ」と書いてあってね、、、俺はそれを読んで何となく納得したんだよ、、、話がドンドン飛ぶが、俺はナロガに移住してから自分の心の動きを観察して、それが時間と空間に制約されない事に気づいた、、、それでほとんどの悩みというか苦悩というものは、制約される肉体と制約されない意識の決定的な乖離にあると確信したんだ、、、

この「照見五蘊度一切苦厄」という言葉を俺流に言い換えるなら「人間意識が幻想だと思い知れば一切の苦悩から脱せる」という事になるんだが、俺は現に意識で足掻いてる人々にいくらそう説いても通じないと想うんだよユウジ、、、それよりココはもっと現実的というか科学的というか理詰めで説明したら良いと思うんだ、、、ユウジ、あきらかに意識は時間と空間の制約を超えた存在だよ、、、一方肉体はこの世界の産物だ、、、これくらいのコトは少しモノを考える人間ならすぐ納得できる話じゃないかいユウジ、、、俺は今度のコロナ騒動で、人々の中に「存在の意味」を考える人が増えたら良いなあと想うんだよ。

このナロガはそのような人々が集まる場所だ。

1週間ばかり晴天続きで作業に追われていたが、もう4月に入ろうとしてるのに昨日から雪、、、それで屋根石作りにかかった。

屋根

一昨日屋根の防湿シートも貼り終わって石板を打ち付け始めたんだが、当初考えていたように様々な形の石板を組み合わせて張っていくと、雨漏りしないように重ねるとトンデモナイ厚みになってしまう事が判明した!

重なりが厚くなると石板も大量に要るし、止め釘の保持力が弱くなって後で石板がズリ落ちてくる恐れもあるからなあ、、、それでやはり石板の横幅を定型に揃えてキッチリ重ねていかなければならないワケだ!

でもやり始めて判ったが、全部の石板を切り揃えるのは凄く手間がかかる、、、この石板は薄い層が重なった構造で、衝撃を与えると紙が剥がれるように層と層が剥がれてしまう、、、それで石切りサンダーでユックリ切っていくよりしょうがないんだよユウジ、、、

もちろん瓦のように定型に過去してある商品もあるし、それが一般的に使われているんだが、高いので採石場から出たままの未加工石板を購入したのでこの始末、、、全部切り揃えるには1ヶ月はかかるだろうが、、、とにかく石ホコリが凄くてなあ、、、

作業するとこうなっちゃうから困るよ、、、でも単純作業だから作業してる間に色々考える時間にはなるなあ、、、

コロナ騒動で世界中の人々が他者との距離を置くようになったなあ、、、交流も最小限に抑えられて、かっての世界大戦以上に世界中の人々がジッとしている、、、でもここ十数年の間に驚くべきスピードで発達したネットのおかげで、人々は他者と接触しなくても情報を交換できるようになったなあ、、、俺は昨日ずっとこの状況の意味するモノを考えていたんだよユウジ、、、外出が禁止されると人々がネットで情報を交換する頻度はグッと増えるだろ、、、俺はこの状況を「肉体的束縛と意識的解放」と表現しても良いと思うんだよユウジ、、、まだ俺自身この状況をチャント分析できていないんだが石切りやりながらこの命題をユックリ考えてみて、まとまったら又報告するよ。

作業に追われてブログが書けなかった、、、ようやく下見板を張り終わって、天窓の取り付け、、、大きさに合わせて下見板を切り抜き、内側から枠木を打ち付けて終了、、、後はルーフシートを貼っていよいよ石板張りだ

ああ〜去年の秋は梁材を買う金も無く、、、さすがにどうなるかと案じたが、、、公に生きてるんだものやはり天は助けてくれるなあユウジ、、、なんとか家の形が出来上がったよハハハ

ところで昨日の朝不思議な事があってなあユウジ、、、朝起きたら富山のお母さんからチャットと動画届いててなあ、、、70歳を機に「いただき繕」から引退するという報せと、動画はお母さんらしい、ずっと「ありがとう」を言い続ける動画なんだ、、、ところが俺は一昨夜の夜に変な夢を見たんだ、、、それは今ハグサトに居る茂美さんらしい人と俺が話してる夢で、俺が「ユウに繕身やって貰うとすぐ良くなるんだが、作業を始めるとまた腰と背中が痛くなって堪らん」と云ったら、茂美さんが「それはユウさんにありがとうを言わないからや」と云うんだよ、、、更に「発泡スチロールで枕を作って、それを背中に括り付けておいて、背中が痛くなったらその場で仰向けに寝るとイイよ」とヤケに具体的な意見を云うんだよ、、、俺はその夢をイヤにハッキリ覚えていてね、、、そこへお母さんからの「ありがとう」の連続パンチだろ、、、俺もさすがに驚いたわユウジ。

石の意思

いよいよ石積みの最終段階、、、この後屋根の下見板を張っていくんだが、石壁の上部も屋根の傾斜に合わせていかなければならん、、、そうしないと下見板と壁との間にスキマができてしまうからね、、、だから垂木を組んだからと云って板を並べてドンドン打ち付けていくというワケにはイカンのだよユウジ!

ところでここの石は下の写真で判ると思うが3種類あって、一番目が黒っぽい鉄平石のような薄い板状の石だ、、、硬くてこの地方の屋根に使われている、、、質が良ければ広い板が取れるんだが、この山にあるヤツは砕けやすくて屋根石に使えるほど大判のモノは取れない。

2番目の石は泥岩で、石と土が混ざった状態だな、、、脆くてハンマーで叩くと簡単に崩れてしまう。

3番目の石も泥岩だが、一応塊りになっていて2番目のヤツより粘りがあって、ハンマーで簡単に削れるので積みやすいんだ。

最初は硬い石の方が堅牢だと思って1番目の石を選り出して使っていたんだが、厚みが無くて積み上げていくのに時間もかかり、目地用のモルタルもたくさん消費する、、、それで泥岩を使うようになったワケだが、、、積んでるうちにだんだん石の気持ちというか石の意思というか、、、そういう感じがなんとなく感じるようになってきてね、、、まあ見ての通り、機械で切り出すワケじゃなくて、ユンボの爪と削岩機で崖を崩すんだから形は様々だ、、、それをひとつひとつ見比べながら積んでいく、、、するとなんとなく「俺はここに座りたい!」と石が望んでるような感じがするんだよ、、、上の写真はまだ切り崩してなくて、10数メートルの崖を支えている石の壁だが、、、この状態では石全体に「俺たちは崖を支えるぞ」という統一意志が感じられるだろ、、、ところがこれを俺が崩してたくさんの石コロにして、、、それをまた積み上げようとすると、石コロはそれぞれ別々な意思を持つようになって、、、「俺は四角の大きな塊りだから角石になる」とか、俺は三角だからこの上の隙間に収まりたい」とか、、、もう壁積みには到底不向きなクズ石は「俺はもう積み上げられるのはまっぴらだから下の斜面で眠りたい」とか主張するワケだよユウジ、、、面白いなあ、、、石の意思はどこまで広がっていくんだろうなあ、、、。

山を形作っている時、それは大きな塊りで確かに岩山という全体意識とでも云うべき「意思」を持っているんだが、、、それを崩すと沢山の岩石になって個々の「意思」を持つようになる、、、大きなモノもあれば小さなモノもあって、それに崩しているうちに砂粒になってしまうモノもある、、、ここの泥岩は柔らかいから、半分くらいは粘土の粉になってしまう、、、そう云えば3番目の泥岩は粉になると黄色っぽい粘土になって、、、これは確かに壁土になりたいと云ってるんだよユウジ、、、ハハハ、、、Pillar婆ちゃんの牧草と交じり合って聖堂の壁になってもうひと働きすると云うワケだ!

午後は雨になって、、、それで早めに作業を切り上げ台所のストーブの側でiPadに向かってる。

iPadに入れてある写真集を見直していたら上の写真があった、、、右腰にぶら下げている小型のインパクトレンチはKENが日本を出発する時にくれたモノでな、、、人差し指の後遺症で右手に力が入らないから、この軽量インパクトは随分重宝してるんだ、、、高所作業で重たいインパクトは辛いからなあ、、、それとこの写真の梅干し

これは俺がナロガに移住するときサキちゃんが手作りしてくれたモノでなあ、、、指を怪我してずっと料理も出来なかった間、この梅干しのお陰で随分助かったんだよ、、、それが一昨日最後の一粒になって、食べる前に写真に撮ったんだよハハハ。

本人たちは気づかないだろうが、こういう誠心のこもった贈り物は随分人助けになるんだよなあ、、、

話は飛ぶが、、、上海万博の2年ほど前だったと思うが、俺は友人で実業家であるE氏の頼みで上海近郊の松江市という処で、循環型自然公園を作りに行った事があるんだ。

面積は2万平方メートルくらいで中央に湖を掘って、掘り取った土で築山を作り、雑木林や段々畑や竹林、水田を配置し、、、湖の水をソーラー電気で山の頂上から流し落として水路を循環する間に自然浄化するという計画だった、、、松江市は上海市のベッドタウンとして急激に発展していてね、、、その土地のすぐ側まで巨大マンション群が押し寄せていた。

その土地の隣は印刷工場でね、、、泊まり込みの作業員は掘ったばかりの湖の溜まり水で身体を洗ったり炊事をしたりしていたんだ、、、隣が印刷工場!

地下水位がひどく高くてね、、、1メートルも掘ると水が湧いてくる、、、それで俺は水位を下げるのは諦めて、むしろ水位を隣地よりも高くして汚染水の侵入を遮断しようと考えたワケさ、、、

なかなか良い感じで工事は進めていたんだが、E氏の共同事業者だった中国人の実業家Rが悪党でね、、、結局マンション用地に売り飛ばそうと画策して邪魔になった俺を不法滞在者だとして警察とグルになって追い出したんだよ、、、

俺は最初Rに会った時から「ああこいつは虚業家だな」と察してE氏にも忠告はしていたんだよ、、、それが案の定そういう結果になって悔やんだワケだが、、、その時、【師】は俺にこう云ったんだ「誠心でやった事で無駄になる事はひとつも無い」とね、、、俺は今になってそれをヒシヒシと感じてるんだ。

 

雨つづき

依然として風雨が続いていてね、、、時々雨風は止むが作業を再開するとまた降ってくる、、、もうしょうがないから降ってきたら台所に逃げ込んでこのブログを書いて、止んだら再開の繰り返し、、、

ご覧のように地面はドロドロだが、置いてある土もドロドロだから泥を捏ねる作業は早く済むわ!

下のミキサーで石ころ混じりの土と牧草を練り合わせ、ユンボで持ち上げて壁の最上部を仕上げているんだ、、、写真で判ると思うが、両側に積んだ石の間をこの泥土で埋めている、、、縦に打ち付けてある板は下見板なんだが泥土を入れていて気づいた、、、屋根勾配に沿って壁の仕上がりも斜めになるだろ、、、それで下見板と壁上部の間にスキマができないように仕上げる必要がある、、、スキマ風やネズミや虫の侵入を防ぐためにね

それで気づいたんだが、壁の外側と下見板の接点はやはりセメントが入っていない泥土じゃ雨風に弱いからモルタルでキッチリ詰め込む必要があるとね、、、どうも素人細工で後手後手に回るが、やはりここはシッカリ仕上げておく必要があると思い直して接点の部分に下見板を貼って、上からモルタルをギュウッと詰め込む事にした、、、雨が止んでくれると良いんだが、、、。

濡れた身体をストーブで温めて、、、夕食にカブ菜のおひたしを頂く、、、Pillar婆ちゃんが作るカブ菜なんだけど、家畜用の餌らしい、、、でも野沢菜のように塩漬けして発酵してくると凄く美味しい、、、でも何と云っても一番旨いのは採りたての葉野菜をサッと湯がいて醤油で頂くコト、、、独特の苦味がたまらなくて写真の量の3倍は軽く食べちゃう!

 

またも暴風

暴風が続いててね、、、少し弱まるとは作業してるが、、、今一番厄介な部分でね、、、というのは石壁の縦横や垂直度がいい加減で、屋根を正しく方形に作るとヘンなコトになるんだよ、、、屋根は当然斜面だから勾配があるだろう、、、それをなんとか折り合い付けてくのが大変なんだ、、、基礎部分からチャント直角を合わせて壁を垂直に積んでいけばこんな苦労はしなくていいんだが、、、10センチ以上もズレたままで積んであるからどうしようもない!

屋根の予定仕上がりに張った水糸に合わせて垂木を石壁の中に埋め込んでいく、、、日本家屋のように桁に切り込みを入れていくんだったら合わせるのが大変だけど(尤も日本家屋の場合10センチもズレたまま柱を建てるなんてあり得ないが!)石を合わせていくんだからナントかなる!
また暴風が続いてる、、、作業は高所ばかりだからなあ、、、危なくて中断して

上の写真は昨日だが、今朝は風が強くて外に出られない、、、それで仕方なくLEOを相手にフザケてる

作業用の頑丈な靴だと噛み付いても大丈夫と分かっていて盛んに甘噛みする。

しかしこうして歯を剥き出しにするとやはりシェパードは猛獣だなあ、、、本気で噛み付いてきたら人間では敵わないなあ、、、

午後過ぎても風が止まないのでオビエドまで天窓を買いに出た、、、往復400キロのロングドライブ、、、

屋根の材木や板石が予定より安く手に入ったので天窓2枚も買うことができた、、、1枚90€(12000円)でこれも案外安くて助かる

午後10時過ぎTaramundi村に帰り着いたら、バルは仮装した多勢の若者でごった返し、、、謝肉祭のお祭りらしい、、、立錐の余地も無い店内でみんな夢中でお喋りしてる、、、一体何を彼奴らは喋ってるんだろう?

 

桁据え

こちらの屋根は、日本のように桁を渡してその上に垂木を細かく並べていくというやり方じゃなくて、桁と垂木の中間くらいの10センチ×5センチの角材を125センチ間隔に並べて、その上に下見板を貼る、、、だから屋根の下見板は日本のように薄い板じゃなくて厚み2、5センチの床板のような厚い松板だ、、、これが大雑把な製材でなあ、、、

厚みも幅もマチマチでキチンと組んでいくのは大変だ、、、でも上に載せる板石だって厚みが一定じゃないからマアマアで行くしかない、、、「郷に入っては郷に従え」だな!

 

年輪

1週間前「明日は雨が降ろうが風が吹こうが、明日は束柱を建てるぞ!」と書いたが、、、あんまり大口叩くもんじゃないなあ、、、あくる日から物凄い暴風が吹き荒れてね、、、昨日やっと収まったんだよユウジ!

それで今朝からやっと束柱を組み立てた、、、接合部が腐らないようにまずホゾ穴にタールを流し込んで梁のホゾ穴に束(ツカ)のホゾを差し込む

少しキツめに加工してあるからスンナリは入らない、、、グラグラしてるから倒れないうちに上から大ヅチで叩き込む、、、

ガンガン打ち込んでいくと束はガッシリ食い込んでいく

どうだい、、、まだまだ若いモンに引けは取らんぞ!

ところで梁の上に乗っていてフト「この松丸太はどれくらいの年齢かな?」と思ったんだよユウジ、、、それで切り口の年輪を見ようとしたが壁に埋めてあるから見えない、、、元々は15メートルくらいの長い樹だったから、下に落ちていた先っぽの部分の年輪を数えたみた、、、

測った部分は根元から10数メートルくらいで20年だから、多分40歳くらいの松の木なんだなあ、、、人間も40歳くらいで分別がついてくるから(最近はそうもいかないようだが、、、)松の木も40歳過ぎれば使い物になるんだと妙に納得した。

これは玄関を入った横手に飾りも兼ねて建てた柱なんだが、、、この樹は木肌も葉っぱも椿によく似た樹木なんだが非常に硬いので多分俺くらいの歳だと思う、、、この樹と俺とどちらが分別あるのかと考えちゃったよユウジ。

ナロガのシンボルであるイチイの御神木は何百年も経っているだろうから樹という生き物の意識は、人間なんかより遥かに思慮深いだろうなあ、、、そう考えると粗末には扱えないなあユウジ、、、古材やこうして新しい材木を扱っているとつくづく想うんだよ、、、

これまで古材を使っていて、、、前にも書いたが樹というものはどんなに古い廃材でも、磨いたり加工したりすると再び蘇ってくるから、それで樹の意識みたいなものを確かに感じるワケなんだが、、、

最近は古材も底をついてきたので、梁や柱は森から切り出した新材を使ってる、、、それで森から伐採して、、、皮を剥いて、、、削って、、、加工して、、、生物学的に云えば確かに樹としての生命は絶たれたに違いないんだが、、、しかしやはり生きてるんだよ、、、その樹を何に使うか、、、どんな扱いをするか、、、どんな加工をするか、、、どんな気持ちで接するか、、、古材も新材も、、、ホントにその度に異なる顔を見せてくる、、、100年、200年経った古材でも、昨日伐採した樹でもそれは変わらない、、、ユウジ、俺は古材や新材を使ってアレコレ作っているうちに、どうも人間が思い込んでいる「死生観」はトンデモナイ勘違いじゃないかと思うようになったんだよ。

ナント云ったらいいか、、、樹木だけじゃなく人間も含めた全ての生命体は我々人間が考えるような「個的存在」じゃなくて、全体が繋がった「永遠の変化」の現象、、、ナンカそういうようなモンじゃないかと想うんだよユウジ。

俺は今日松丸太を使って石壁の上に梁と束を組み上げただろ、、、石壁は、石と土と砂と牧草が繋がり合って、、、その石壁は下の岩盤と繋がって、、、チョット離れて眺めると、、、それは正面の御神木と繋がってるだろ、、、俺たちはそれらを「家」とか「樹」とか「山」とか、、、個々別々のモノとして見る癖になってるが、、、コリャア錯覚というか勘違いというか、、、俺は独りで梁の上から周囲を見廻してボンヤリそんな事を想ったんだ、、、俺はヘンなのかなあユウジ、、、。

束柱作り

棟木は据えたが、壁までの間にもう一本づつ桁を入れないとならない、、、それで束柱を3本づつ計6本の短い束柱を作った。

残っていた松丸太の先端をつかう。まず皮をむいてザッと磨く。

棟木据へで散々苦労したから、慎重に計測して狂いの無いようホゾ加工。

棟木の場合、チェーンソーで加工したらマズかったので、今回は丸ノコで正確に切断、、、

かなり直角に加工できたぞ!

明日は3本の桁にホゾ穴を開けて、、、雨が降っても風が吹いても束柱を建てるところまでやるぞ!